第55話 苦難

 太い石柱のある裁定の間は、床の高さの違いで三段にわかれている。その高低差は、それぞれ成人男性の身長ほど。

 皇帝が座する場は、赤色の絨毯が敷かれた最も高い位置にあり宝石が散りばめられた重厚な玉座が据えられ、皇帝の威厳を指し示す。その次に装飾のない椅子が置かれただけの貴族たちが裁定を見守る場所。

 そして、最も低い場所に罪人が跪く。その床は、デコボコの荒い石が敷かれ素足の罪人が歩くだけでも苦痛を感じる。跪くとなると尚更のこと強い痛みを伴う。

 

 両手を縄で縛られた三人が跪いた。

 キリア伯爵は、体幹が揺れることもなく毅然と背筋を伸ばしている。その傍には、ぶるぶると震えるシェリーがいた。貴婦人であるシェリーが跪くなど初めてのこと。更に敷かれた硬い石が凶器のように足を傷めつけていた。

 テラもシェリーの横で痛みに耐えていたが、背筋を伸ばしその痛みを表情に出すことはなかった。父娘は、とても似ていた。


 「キリア伯爵家は、我が娘であるセシリア皇女を拉致した。シリウスもまだ逃亡中でありセシリアの生存も定かでない。これほどの重罪は、過去に例を見ないであろう。また、テラは、額に光を持たず魔法力が無いにもかかわらず、自身を聖女だと嘘を吹聴し人心を惑わせた。その事実を認めよ」

 皇帝の言葉に中段の貴族たちが困惑しざわついた。

 「それほどの罪を重ねられたのか」

 「キリア伯爵は、何故そのようなことを」

 「真実なのか……」 


 「静粛に」宰相の声が響いた。

 「皇帝陛下、皆の動揺を納めるためにもどうか、どうかキリア伯爵に弁明の機会をお与えください」

 「ふむ、聞いたところで儂の裁定は変わらぬが…まあ、良い。弁明の機会を与える」と、言うと皇帝は、顎をさすりながら右の口角を上げた。

 「それでは、キリア伯爵。何か述べることがあるか」

 「では、……先ずセシリア皇女様の拉致事件についてですが、息子のシリウスは、拉致ではなくセシリア皇女様をお救いしたのでございます。確かに皇帝陛下の命に背いたのは事実であり罪を犯したと言えばそうなりますが、あのままであれば皇女様は宮廷の地下牢からサガに移送されて命の危機に瀕していたことでしょう」

 

 「えっ、皇女様は地下牢に入れられていたのか」

 「サガの牢獄とは、本当か」

 「愛娘である皇女様を、皇帝陛下は」

 

 「うるさい、皆黙れ。キリア、もうここまでだ。宰相止めよ」

 「はっ。皆、静粛に。キリア伯爵、此処までで、」

 宰相の言葉を遮りキリアは、話を続けた。

 「もう一つ言わせていただきます。テラは、嘘の吹聴などしておりません。疫病の救援の際にテラを見た者たちから、自然に聖女だとの声が上がり噂が広まったのです。テラは、無実です。我が娘は心の美しい、優しい娘です。どうか、テラはお助け下さい」

 「何をしておる。早くキリアの口を塞げ」

 数人の騎士たちに床に押し付けられたキリア伯爵の顔色が赤黒く変わっていく。

 「お、お父様。お止めください、息が、息が」

 「お止めください。夫を殺すおつもりですか」

 「あははは、どうせ首を切られるのだ。同じだろう」と、皇帝の声が上段から響いた。


 ドンッと、キリアを抑えていた騎士たちの体が宙に舞った。

 「伯爵、息を吸ってください」と、聞き覚えのある声がした直後にキリア伯爵が咳き込んだ。


 「デレク、貴様は謹慎中であろう。何故ここに来たのだ」

 「父上、ご自身が何をなさろうとしておいでかお分かりですか」

 「そのようなこと、分かっておるわ。お前こそ分かっているのか」

 「ええ、私は、何が正しいのかを理解しております」

 「ええい、お前はテラに惑わされているのだ」と、皇帝はテラに向けて光の剣を投げつけた。光の剣は、光の速度で狙った獲物を刺すことが出来る皇帝陛下のみが行える魔法である。


 一瞬、その場の誰もが何が起きたのか理解できなかった。


 「……デレク殿下。なぜ、なぜ」

 「テ、テラ、君が無事で良かっ、た」

 胸から血を流したデレクの顔色が白く冷たくなっていく。

 「嫌です。起きてください。お、おねがい……」

 膝の上で冷たくなっていくデレクをさすりながらテラは、大粒の涙を流した。テラの両腕を縛っていた縄は、僅かの抵抗で外れた。サングリアが地下牢を出るときに締め直す素振りで実は緩めていたのだった。

 「わ、私は、殿下を、殿下を、お慕いしています」と、涙声で言うとテラは、震えながらデレクの唇に自身の唇を重ねた。

 その様子に誰もが驚いたが、決してだれも止めようとはしなかった。皇帝は自身の放った光の剣が息子の胸を貫き放心状態だった。

 

 

 




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