第53話 デレクの帰還
デレクは、妹であるセシリアの危機を知り慌てた。
だが、国境近くでの任務を直ぐに放り出すことは難しかった。隣国との貿易上の兼ね合いもある。何より国内の不穏な動きを隣国に知られることは、絶対に避けなければならなかった。
デレクは、平然としたいつもと変わらない表情で、飄々と任務をこなした。割愛できるものは割愛し不眠不休であることを誰にも悟られることなく、いつもの幾倍ものスピードで任務を遂行した。
そして、セシリアの侍女からのフクロウの伝書を受け取った五日後に、ようやく移動魔法を使い宮廷へ帰還することができた。
約二月ぶりの宮廷は、殺伐としていた。誰もが皇帝の逆鱗に触れることを避け、息を殺すかのように従っていた。宰相でさえも自身の考えを述べることができず、ただ床に視線を落とし立っているだけだった。
「父上、一体どういうことなのですか。あれほど可愛がっていたセシリアを、投獄するなど」
皇帝がデレクを睨みつけた。
「デレク。そなたは、皇帝であるこの父を侮るのか」
「父上、侮ってなどおりません。ですが、父上はあまりにもお変わりになられた。私は、今の父上の行いを信じることが出来ません」
「そこまで言うのか。では、信じさせてやろう…デレクから皇太子の称号を剥奪する」と、鬼の形相の皇帝が言った。
謁見の間に集まっていた家臣たちの顔に困惑の表情が拡がり、覚悟を決めた宰相が言葉を詰まらせながら進言した。
「こ、こう、皇帝陛下。ど、どうぞお考え直しを。たった一人の皇子殿下でございますゆえに…」
「ふん、儂は、命ある限りこの国を治める。皇太子などいらんわ」
「わかりました。父上、皇太子の称号をお返しします」と、デレクの凛とした声が響いた。
「それなら、もうよい。自室で謹慎しておれ」
静まり返った謁見室をデレクが静かに去っていった。
「皇太子殿下、何ということでしょう。私が至らないばかりにこのようなことに」
「宰相のせいではない。父上が決めたことだ。ちなみに皇太子とはもう言わないでくれ」
「あ、はい。申し訳ございません」と、水晶に映る宰相は頭を下げた。この一年ほどの間に宰相は、老けてしまいその姿が小さくなって見えた。
「気苦労を掛けているな……」
その言葉に宰相は目を潤ませた。
謹慎中であるデレクの自室前には、見張りの兵が二名配されていた。扉から出ていくことも移動魔法を使うこともできない。移動魔法を使えば痕跡を追われ、すぐさま捕まってしまうだろう。そうなると更に動きがとれにくくなる。
そのためデレクは、自室内で情報収集に努めることにした。
そして、セシリアはシリウスに救い出され二人は逃亡中であることを知った。
だが、そのことでキリア伯爵家は、反逆者としてキリア伯爵はもとより夫人も、娘であるテラも、使用人たちも捕まえられたことに衝撃を受けた。
セシリアの投獄は、皇帝がキリア伯爵家を反逆者にするための謀だったのだ。皇帝は自分の娘さえも謀の餌にしたのだった。
(いつから父上は変わってしまったのだろうか。そういえば時を同じくして疫病が流行った。丁度そのころ、魔法力の減少者が続出し治癒魔法が行える魔法士の数も大幅に減っていったのだったな。)
広いデレクの部屋にポツリと呟きが漏れた。
「もしかして、邪鬼……」
通信用の水晶に再び宰相が映った。
「デレク殿下、大変です。キリア伯爵家へ、皇帝陛下の裁定が下されます」
直後、自室を飛び出したデレクは、静止する見張り兵をなぎ倒し裁定の下される広間へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます