第52話 キリア邸の危機

 ダッダッダ、ダッダッダ

 夜明け前のキリア邸に騎士団の足音が響いた。

 シリウスがセシリア皇女救出のために邸を出てほどなく、邸に皇帝直属の騎士団が踏み込んできた。

 「このようなお時間に何用でございますか」と執事のリールが、礼儀正しくゆっくりとした口調で対応した。

 「皇帝陛下の勅命である。キリア家の者を捕縛する」と、ひと際大きな凛とした声が響いた。


 「早く行きなさい」と、キリア伯爵が愛するシェリーと娘のテラに声を掛け、二人が光に包まれ始めた。その時、背後に気配を感じたキリア伯爵が振り向くと、ホールの入り口にサングリア騎士団長が両手を高く上げ立っていた。

 サングリア侯爵は、皇帝直属の騎士団団長で魔法力も高く皇帝にその身を一心に捧げる忠臣であるが、キリア伯爵とは、幼いころからの友人でもあった。

 「サングリア侯爵様、お待ちください」

 「キリア伯爵、だめだ」と、言うと、光に包まれ始めたシェリーとテラに向かって、高く上げた手の先にある水色の光の玉を投げつけた。

 キリア伯爵は、剣でその光の玉をはじこうとしたが、剣先を滑るように玉は、進んだ。

 パンッ

 二人を包んでいた移動魔法の光の輪がはじかれた音が響き、衝撃で二人の体が宙を舞い、ドンっと、石畳の床に落ちた。

 キリア邸のダンスパーティーにも使用される広いホールでテラが目を開けると、目の前にはテラを庇いながら気を失ったシェリーが、倒れていた。

 「お、お母様、お母様、」

 「シェリー…サングリアよくも」キリア伯爵がサングリア侯爵を一睨みし、二人の元へ駆け寄った。

 「おお、シェリー。頼むから目を開けてくれ」伯爵の震える声にシェリーは、何の反応もしなかった。もともと白い肌が、更に白く無機質に見えた。

 「お母様、」と、テラが目を潤ませてシェりを抱きしめた。


 その様子を呆然とサングリアは見ていた。

 「す、すまない。二人に危害を与えるつもりはなかったんだ。ただ、逃亡を阻止したかったんだ」

 

 テラが、シェリーを抱きしめていると、透明な光がシェリーを包みだした。光の中にキラキラと金粉のような輝きも見て取れた。

 その様子にキリア伯爵もサングリア侯爵も意識を奪われる心持で見入った。

 

 シェリーが、ふうっと一つ息を吐きゆっくりと目を開けた。

 「テラ、どうして泣いているの」

 優しくテラを包むシェリーの微笑みに、テラは、再び強くシェリーを抱きしめ嗚咽した。

 「シェリー、ああシェリー、良かった。ありがとう、戻ってきてくれて。」と、キリア伯爵が二人を抱きしめた。


 「何ということか。これが本当の奇跡というものなのだろう。テラ嬢の噂は本当なのだ…聖女の再来だ」小さな声でサングリアが呟いた。


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