第51話 救出

 

 シリウスは、移動魔法で宮廷の東の森に降り立った。地下牢は、東の森に隣接する寂しい場所にある。脱獄防止のために魔法抑制装置が施された石造りの地下牢。

 シリウスは、セシリア皇女を救出するべく足音を忍ばせて宮廷の地下牢への潜入を試みた。地下牢へと続く小さな入り口は、棘のある蔦で囲まれ中央を二名の警備兵が守っていた。


 夜明けが近い。夜が明けると交代の警備兵が来てしまい鬱陶しい。

 (早く済ませた方が良いな。仕方ない…正面突破か)

 「やあ、お疲れ様です。」

 「もう、交代に来てくださったの、で、」明るく気さくな声掛けに警備兵が笑顔を向け、言葉を返す途中にドサッと倒れこむ音が小さく響いた。

 「な、何だ」続けてドサッという音がした。

 「すまないね」と、シリウスは、手刀によって意識を失い地面に倒れた警備兵に声をした。地面には、蔦が棘を四方に向けながら蔓延っていた。

 階段の下にも二名の警備兵がいたが、同様に後頚部に手刀を与えると、難なく兵は意識を失った。シリウスは、魔法のみならず身体的戦闘においても優秀である。

 宮廷の地下牢と言っても規模は、小さい。セシリア皇女を発見することは、容易かった。セシリアの牢前にも一名の警備兵がいたが、やはり簡単に意識を失わせることが出来た。牢の鍵もその警備兵の腰ベルトから容易く手に入れることが出来た。

 (何だか簡単すぎるな)

 鍵を開け、セシリア皇女を連れ出そうと薄暗い牢に入ると、湿気を含んだ冷気が全身を覆った。

 (このような場所に自身の娘であるセシリア様を入れるなど、何ということか…)

  牢の中のセシリアを見たシリウスは、絶句した。美しい紫の髪も絹のような肌も艶を失い、何よりもあれほど強く輝いていた紫いろの瞳は、精気を失い虚ろな目をしている。

 気高いセシリア皇女の変貌。

 シリウスは、セシリアをこのような状態に追いやった皇帝に初めて芯から憤りを覚えた。その憤りは、それまでのテラやキリア家に対しての皇帝の思惑への腹立ち以上のものだった。


 「それにしても変だ。警備が甘すぎる。これは、やはり陛下の策略か」

 セシリアがシリウスの小さな声に同意するように苦痛の面持ちで頷いた。

 だが、例えキリア家をはめる罠だとしてもシリウスは、セシリア皇女を連れて逃げるしかなかった。テラの心の友であるとともに、シリウスにとってもセシリアは、いつの頃からか大切な存在となっていた。そんなセシリアを冷たい地下牢に置いておくことも、更に劣悪極まりないサガの牢獄へなど行かせることも絶対に許すことは出来ない。

 ましてやキリア家を抹殺するための道具として自身の娘であるセシリア皇女を窮地に追いやる皇帝とは、何なのか。シリウスは、憤りを抑えきれなかった。

 「私は、絶対に現皇帝に屈服したりなどしない。」


 二人は、移動魔法を使い北の森に向かうと隠しておいた馬で駆けた。

 そして、再び移動魔法を使い、そこから同じく隠しておいた馬で駆けることを幾度も繰り返した。

 魔法だけでは、追跡されやすい。また、馬だけでも痕跡を残しやすく距離も限られてしまう。追っ手を撒くための幾重もの策を、父であるキリア伯爵と共に、キリア家を、テラを守るために以前から準備していたものであった。

 そうして、二日をかけ遠く離れたアイの村へと辿りついた。

 この村は、以前テラがデレク皇太子と共に疫病の救済のために遠征に訪れ、村民との絆を得ていた。

 皇帝からの危機に備え何かあった時の避難場所、隠れ場所として秘密裏に備えていた場所である。

 「おかしいな。母上とテラが、まだ到着していないなんて…」シリウスの胸中に不安が広がった。

 セシリア皇女は、アイの村に到着後ナーナたち家族に匿われ三日の時を昼夜関係なく眠り続けた。


 

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