第47話 前世の記憶

 テラは、家族へ自分の秘密を打ち明けようと覚悟したが、なかなか話し出せずにいた。

 前世での木梨結星ゆらとしての記憶が甦り、不安を煽った。


 木梨家の両親は一人娘に対して教育熱心だった。

 結星は、幼いころから家庭教師をつけられ厳しく全てを管理された。

 だから、同年齢の子供と公園を駆け回ることもできなければ、子供向け番組を観たりゲームをして遊ぶということもできなかった。

 ただ一つ両親から許可された楽しみは、本を読むこと。教育に良いからと希望すれば何冊でも本を買ってもらえた。

 確かに結星は、本から多くの知識を得たし論理的に物事を捉える習慣も見に付いた。家庭教師のおかげもあり幼いころから成績はいつも上位だった。

 でも、結星が本当に好きだったのは、物事を論理的に捉えることではなく、物語の世界を想像することだった。まるで物語の世界に自分も入っているような感覚にいるときだけは、多くの制約、両親の束縛から解き放たれている気がした。

 だから、読み始めるといつも夢中になった。

 親に決められた一日のタイムスケジュールの中で読書に充てることが出来る時間は限られていた。

 許されたのは、夕食後と睡眠前の僅かな時間。

 

 結星が、小学二年生になったばかりの時だった。

 

 「ゆら、早く起きなさい。遅刻するわよ」と、厳しい母の声で目が覚めた。

 いつもなら母に起こされるまでもなかった。


 その前夜は、というかいつものことだけども、ベッドの中でお伽話の中に想像を膨らませていた。話の先が気になり、眠くもなくついつい時間を気にせずに読み進めていた時だった。

 ふっと、体が浮いた感じがした。手足がすらりと伸びていた。身に纏うものも綿のパジャマではなく、さらりとした絹のようなドレス。何が何だか分からないうちに胸の前あたりが暖かく光る気がした。その胸に手を触れると、驚いた。その胸には、母のような柔らかな膨らみがあった。

 「テラ、」と、私をお姫様抱っこした王子様が囁き私は気を失った。


 次に気が付いたのは、私を起こす母の怒気を含んだ声だった。

 

 その日、何とか遅刻せずにすんだ私は、スクールバスで帰宅後にテーブルでおやつの苺のショートケーキを食べていた。

 「慌て食べなくてもいいわ。先程、先生から今日は一時間ほど遅れると連絡が入ったから」 

 「えっ、そうなんだ」つい喜びの声を出してしまった。

 その家庭教師はいつも時間に厳しく、答えを出すのに少し時間が掛かり過ぎると嫌味を言う人だったから。

 「それにしても、ゆらは苺のケーキが好きねえ。よく飽きないこと」と、母が呆れたように微笑んだ。

 (あれ、お母さん、機嫌がいい)

 嬉しくなった私は、昨夜の夢のようなできごとを母に話し始めてしまった。

 「あのね、お母さん。昨日の夜、わたし大人のお姉さんになって、胸のところが光ったの。そして、テラって…」

 母の表情が一変し、私の言葉を途中で遮った。

 「何をおかしなことを言っているの。夜遅くにベッドに潜り込んでいつまでも本を読んでいるからそんな夢を見るし、夢と現実の違いも判らなくなるのよ。遅刻もしかけるし…」

 続けて睨みつけながら母が言った。

 「根拠のない話は、するべきではないわ。」

 

 その日を境に買ってもらえる本の種類が偏った。 

 そして、お伽話は、私の部屋から姿を消していった。


 私は、ますます物事の根拠を求める人間に育ち、働き出しても数字やその根拠ばかりに目が行く息苦しい日々を送っていた。

 

 この世界の両親や兄は、そのままの私を受け入れ愛してくれている。私がどのようにおかしなことを言っても、最後まで聞いてくれるだろう。きっと、全否定することはない。ましてやもともとが魔法の世界なのだから大丈夫なはず。

 でも、不安になってしまう。

 拒まれたらどうしよう。

 だって、皇帝の異変もだけど私の中にエスプリ様の欠片があるだなんて…

 

 このまま言わないままでいようか。

 ううん、打ち明けるべきだわ。

 愛する家族、キリア伯爵家を守るために。

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