第41話 紡ぐ愛

 アイの村に古くから伝わる伝統技法で紡がれた金糸を混ぜた織物は、他の地域では例のないものだった。誇張しすぎない金糸は、織り込まれることで他の色と共鳴するかのような美しさを醸し出していた。

 これほどの織物が何故今まで流通しなかったのか。

 貧しい辺境の地であったため誰も足を踏み入れなかったからなのだが、村人自身が価値のあるものだとは思っていなかった為でもある。

 ただ、村の中で技法を得意とするものが紡いで織り込んだ。その品を村の中で必要とするものに譲り対価を得る。その程度だったから。


 テラがデレクに織物を見せながら伝えると、デレクは織物を手に取り眼を見開いた。

 「ああ、本当に美しいものだ。これなら流通手段さえ整えればアイの村の特産品となるだろう。この村から離れなくても生活が潤うはずだ。うまくいけばこれまでに出ていった他の者たちも戻るかもしれないし、技法を学びたいと移住希望者もいるかもしれない。そうすれば、寂れたこの村に活気が戻るだろう」

 「はい。そうすればナーナたち家族のように苦しむ人が現れないのかも知れません。そこにある愛を見失うことなく……」

 

 ナーナの父親は魔法団の補助業務として、薪を各家に分けたり年老いた者が救護所から自宅に戻る際に付き添い暮らしが成り立つように調整したりしていた。

 高齢者の占める割合が多いアイの村だったが、命を失うものは出ず順調に回復していった。

 疫病の終息により魔法団の引き上げが決まった。

 ナーナの父親は、今後は川での砂金採集や妻を含め伝統技法を使える女たちの取りまとめ、検品、出荷調整など多岐にわたる調整を行う役目を負った。


 魔法団が撤退する日の朝、村人たちが見送りに集まった。

 その中にはナーナの家族もいた。ユーユは父親に肩車されてはしゃいでいた。その横でナーナが笑いながら何かを話しかけている。そのナーナを母親が優しい眼差しで見つめ、ほどけたナーナのマフラーを巻き直してやっていた。


 みんなの笑顔が咲いている。

 年老いた者も、子を育てる親も、子供も。

 愛が紡がれていると、テラは思った。

 そして、気が付いた。


 「デレク殿下。私はこの地では邪鬼を一度も見なかったのですが」

 「ああ、そういえば私も見なかったな」

 「此処では人を陥れようと思う人たちがいなかったからでしょうか。悪意が無ければ邪鬼の元である邪気も生まれないですし。何より愛が紡がれているからでしょうか」

 「愛を紡ぐか。テラらしいな…」

  

 テラたちが移動魔法の光に包まれ始めると、村人たちの大きな歓声が響いた。

 光の壁で村人たちの姿は直ぐに見えなくなったが、きっと愛のあるこの村は、これからも続いていくだろうとテラは予感した。

 

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