愛の芽生え

第42話 海辺の二人

 テラは、広大な海を眺めていた。

大きな波が打ち寄せるたびに音を響かせながら白い砂をさらっていく。前世では海の近くに住んでいたことがあったが、この世界で海を見るのは初めてだった。どれだけ眺めていてもあきない。ざざーという、波のさざめきも心地よく聞き飽きない。

 「テラは、海を見るのは初めてだったのかい」と、優しい声が波の音に交じって聞こえテラは隣に立つデレクを見た。

 「はい。デレク殿下」テラは、他に返す言葉が浮かばなかった。デレクの瞳にはテラが映っていたから。風がテラの髪をなびかせると、デレクはテラの肩にそっと腕を回し寄り添った。


 愛の村から撤退後ひと月も経たない頃、再び遠征に向かうことになった。

 帝国の最南端の海沿いの町で疫病が出たのだ。

 シンリとアイの村での経験から疫病対策はスムーズに行えた。温かな気候と集落内の結束の強さも功を奏したと言える。その結束の強さは、漁を生業としているため日ごろから共に働き共に助け合っていたからなのだが、そのことが別の問題を生んでいた。

 隣り合う集落同士の水源をめぐる戦い。

 長年続いている争いは、いつしか暴力沙汰を引き起こすようになった。この地に於いては、疫病よりも難しい解決するべき問題だった。

 海がどれほど豊かであったとしても、人が生活していくには海水は使えない。せいぜい獲った魚を洗う程度だ。

 生きていくうえで最も必要な水源となる川は、二つの集落の間を通っていた。

 その川は大河というにはほど遠く、水量が豊かな時はまだ良いが川底が見えるほどになると決まって罵り合いから殴り合いに発展してしまう。それは、その場に子供達が居たとしても同じだった。意図してではないものの、大人から子供に負の教えが与えらた。その様子を間近に見て育った子供たちは、争いあうのが当然のように考える大人に成長した。負の連鎖だ。

 集落内では明るく働き者でお互いを思いやる気質を持つ人々なのだが、お互いに隣の集落に対しては違った。

 

 「私が命令を下したとしても解決にはならないだろう。ただ罰に怯えるだけで根本的解決にはならない。どうしたものか」

 「ええ、難しい問題ですわね…それに……」

 「ああ、邪鬼のことか」

 「はい。やはり殿下も…」

 「この地域はこれまで以上に多いようだ」

 「はい。私もそのように思います」

 「やはり、この争いを解決しなくてはならないな」

 その言葉の後、二人は無言のまま海に目を遣った。


 再び二人に大きな風が吹きつけ、デレクがテラを庇うように抱き寄せた。

 お互いの瞳が重なり映る。

 そっとテラの右頬にデレクが口づけをした。

 海の彼方に沈む夕日が二人の姿を朱く染め、波の音がBGMのように繰り返した。

 

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