第39話 切れた糸

 降り積もった雪が朝日を浴びてキラキラと輝いて見える。

 吸い込む空気はやはり冷たいが、風も止み久しぶりの穏やかな天候にテラは良い予感がした。

 「きっと、素晴らしい日になるわ」

 「ええ、テラ様。私もそう思います。」

 テラとリンは、ザクザクと凍った雪を踏みしめる音を響かせた。二人は、凍った雪を踏みしめて歩くことにもだいぶ慣れた。

 今日は予定よりも五日遅れで薪が届く日だ。

 到着場所には、デレクと共に幾人かの魔法団の団員がすでに待機していた。その中にはドロニスもいてリンとアイコンタクトで挨拶をしている。本人たちは周囲に気付かれていないと思っているが、実のところ周囲の人間は皆知っていて気づかない素振りをしているだけだった。

 テラもリンとドロニスの微笑ましいやり取りをそっと見守っていた。二人の愛が育つようにと。


 「デレク殿下、先日はお話を聞いてくださりありがとうございました。」

 「いいや、テラ。君のアイデアにはいつも感心するよ。それにテラの声なら……」

 「えっ……」

 

 二人の沈黙を破るかのように突如眩い光が空から射した。そして、一点から放射するように拡がり地面に光の壁を描くとすぐさま光は消え、代わりに影が現れた。

 薪を含む物資と三名の人影。

 二名は魔法団の団員。残りの一名は、やせ細った男。その男は光が消えた直後きょろきょろと動揺した素振りを見せていたが、北の方角を見遣り感極まったように声を張り上げて泣き出した。


 「デレク殿下。あの方が、そうなのですね」

 「ああ。テラの想像した通りだった。帰るに帰れなかったようだ」


 ナーナ―とユーユの父親。

 アイの村での困窮した生活から脱するために妻子を置いて村を出ていった男。

 家族が住むアイの村の最北端に向かって大泣きする男。

 それほど泣くなら何故三年間も連絡の一つも寄こさなかったのか。それとも、連絡さえもできなかったのか。

 テラは、その男に聞きたかったが家族が聞くべきことだと思い堪えた。

 

 懐かしい我が家を見て駆け寄ろうとするが、雪が邪魔をするように足がもつれた。ドサッという音と共に男が雪の上に転がった。陽の光で凍った雪が解けかけていて滑りやすいこともあるが、男の左足はそれ以前に動きがぎこちなかった。

 

 三年前、路銀を節約するためにひと月以上をかけて辿り着いた都は華やかだった。どのような望みも叶えられる気がした。

 金を稼ぎいずれこの都に小さくても店を持ちたいと思った。愛する妻と娘たちを呼び寄せる。その店には自慢の品として妻の紡いだ糸で織った品が並ぶ。

 そのためにはどんなことでも耐えられると思った。

 どのような仕事も喜んで引き受け、手を抜かない真面目な働きぶりに徐々に良い仕事が依頼されるようになった。最初はゴミ掃除や皿洗いだったものが、庭園の管理も任され気が付けば店の改装などの相談も受ける様になっていた。

 アイの村で培われたであろう素朴なアイデアが都の人たちに好評だったことも幸いした。

 仕事が増えそれに伴い収入も増えたが、倹約は続けた。一日でも早く店を持つために。家族を呼び寄せるために。

 だから、家族へ連絡もせずにいた。連絡に掛かる金さえも節約したのだ。妻は自分を信じ待ってくれていると疑わなかった。


 半年前のこと。

 ようやく金が貯まり手頃の物件を手に入れる機会を得て、意気揚々と金を支払った。

 だが、その契約書は偽造だった。

 打ちひしがれる男を更なる悲運が襲った。

 路地に迷い込んだ暴れ馬が、幼い女の子を蹴りかけた瞬間、勝手に体が動いた。その見知らぬ女の子を抱きかかえ庇った自分の足に激痛を感じた。

 目が覚めたのは、その女の子の家のベッドの上だった。その子の両親は何度も礼を言い怪我をしたことを申し訳ないと謝った。女の子は無事だった。

 結局、ふた月近くをその家で世話になったが、左の足は以前のように動かせなくなっていた。歩くには歩けるのだが。以前のように飛び跳ねたり走ることは出来ず、油断するとふらつき転倒する。

 そして、それ以降、それまで張っていた糸が切れたかのように、生活が荒れていった。家族のことを忘れたわけではないが、思いを馳せると尚更に辛く酒に浸っていった。

 

 一週間ほど前だったか、アイの村の噂を聞いた。

 皇太子殿下が、アイの村で働きたいと思う人を募っていると。

 都の人間は、誰がそのように辺鄙な村へなど行くものかと笑っていた。だが、自分にとってはありがたい話だった。この足では、来た時のような道どりを歩むことは難しいし、路銀も無い。ただで魔法で送ってもらえるのは夢のような話だと思った。

 でも、例え雇われて帰れたとしてもどんな顔で家族に会えるのだろうかと悩んだ。

 だが、覚悟を決めるしかなかった。

 愛する家族のいる村へ帰るための最後のチャンスなのだから。

 

 

 

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