第38話 途切れた愛

 「あんた達には、関係のないことだろう」

 狭い小屋の中に女性のヒステリックな声が響いた。

 「そりゃあ、薪を頂けるのはありがたいさ。でもね、家の中のことまでとやかく言われる筋合いはないんだよ。私だって……」

 呆然と立ち尽くすテラの前に立ちはだかるような女性。ナーナとユーユの母親。痩せたその体に怒気を込めつつも眼が涙で潤んでいる。その奥には、顔色を失い委縮したナーナ、ナーナの継ぎ接ぎのスカートを掴むユーユがいた。

 部屋の奥の暖炉から聞こえるパチパチという音だけが、時が止まったかのような室内に響いた。姉妹が拾ってきたであろう小枝が、赤い炎を携え燃えていた。

 「テラ様、もう戻りましょう」後ろからリンが静かに声を掛けた。


 

 テーブルにカモミールティーの入ったカップがそっと置かれた。

 リンの優しさが伝わり堪えきれずテラの瞳から涙が零れ落ちると、カップの温かさと湯気が涙腺を崩壊させた。

 

 テラにとっては、あれほどの言葉を投げかけられたのは初めてのことだった。ショックだった。魔法力のないことで他の令嬢たちから嫌味を言われた時も、魔法団の救護所の件でカノンに苦言を呈された時とも違う。

  

 「私、あのお母さんを傷つけてしまったのかな」

 涙が枯れ果て赤く腫れた目でリンを見つめた。

 リンは、テラの前の椅子に腰を下ろすと何も言わず、テラの手を優しく握った。

 

 デレクの指示により困窮者へ薪が配られることとなった。

 ただ、凍ったこの地では、十分な量の薪を確保し得ることは難しく、都にほど近い場所から集め移送魔法を使いこの地へ送る手配になっている。

 二日後には薪が此処アイの村に到着し、その翌日には各家へ配られる。

 それまでの数日用にテラとリンは、自分たちの薪を分けるためにナーナ―とユーユの家を訪れたのだった。

 その時のテラの一言が、母親を急変させてしまった。


 「今後は薪の配布が始まりますので、どうかもうナーナとユーユをこの寒空に追い立てることはしないでください」

 

 テラは、ただナーナとユーユを救いたいだけだった。何がいけなかったのか。母親とは、子を慈しみ育てるのが当たり前ではないか。極寒の中、娘達を叱咤し薪拾いに行かせるあの母親には子への愛情が無いのだろうか。それでは、あの母親の今にも涙が落ちそうな潤んだ眼はなんだったのか。


 自問するテラを見てリンが口を開いた。

 「母親も、一人の人間です。環境も違えば心情も揺れ動くのではないでしょうか。私の母は優しい人でしたが、父が他の女性に心を寄せてからは、人が変わってしまったかのように見えたこともありました」


 テラはリンの顔を見つめた。

 そして、目を閉じゆっくりと息を吐いた。

 「ありがとう、リン。私は母親というのを一括りにしていたわ。そうよね、母親も一人の人間。夫が帰らず生活も苦しい中でユーユ達に厳しく当たってしまったのかも。それでも、心の奥には愛があって欲しい」

 「そうですね。娘たちへの愛情はあるけど、できない辛さもあるのかもしれません」

 「私が、浅はかだった」

 「いいえ。テラ様は、広く深い愛をお持ちです。その愛から出たお言葉ですし、何より皇太子殿下が薪の配布を行われるようになったのも、テラ様のお言葉から始まっているのです。私は、そんなテラ様を尊敬しております」と言うと、リンがテラを見つめた。


 「ねえ、リン。ナーナとユーユの父親は何故帰ってこないのかしら。のではなくてのかも。だとしたら……」と、言うとテラは、水晶を使いデレクへ話しかけたのだった。

 

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