第37話 ナーナの憂鬱

 「あんた達なんか、生まなきゃあ良かった」

 冷たい隙間風の入る家の中、ナーナとユーユを叱りつける声が響いた。

 暖炉にはわずかに残った火種があるだけで、他に燃やせる物もなく風前の灯火そのままのようだ。

 「か、母さん。ごめんなさい」ナーナは、震えながら言った。

 「う、うぐっ。う、うわーん」ユーユ―は、ナーナにしがみつき堪えきれずに大きな泣き声を上げた。

 「本当にうるさいね。早く薪を探しておいで、寒いったらありゃしない」

 外は既に薄暗くなり始め直に闇に包まれる。

 「危ないからユーユは、家で待っていてね」

 「いやあ。ユーユも行く」

 相変わらず泣きながらしがみつき離れようとしないユーユにナーナは、自分の方が泣きたい気分だった。いつまで耐えなきゃあいけないんだろうかと、思いつつナーナはユーユと共にドアを開けた。

 すると、ナーナの心のように吹雪が全身を襲った。


 三年前のある日。

 私が四歳、ユーユがまだ二歳の時だった。

 「ナーナ、ユーユ。母さんのいうことを聞いておりこうさんにするんだよ。父さんは、いっぱい働いてたくさんお土産を買ってくるからな」そう言って私達を抱きしめた父さんはこの家を出ていった。

 たぶん、幼いユーユは父さんの顔さえも覚えていない。

 だから、私が頑張らなきゃいけない。だって、お姉ちゃんなんだもの。泣いちゃいけない。

 でも、なんで父さんは帰ってきてくれないのだろう。

 父さんがいた頃は母さんも優しくて綺麗だった。小さなユーユは可愛くて毎日がワクワクしていた。

 父さんが家を出た当初、母さんは張り切っていたような気がする。一人で私たちを養うため自分で作った織物を売り、作物のあまり育たない畑を耕し薪も拾った。私にできたのは、ユーユの世話ぐらいだった。

 だけど、二年が過ぎたころから母さんは人が変わってしまった。

 いつも笑顔だった母さんは、四六時中しかめっ面で眉間には深いしわが二本刻まれた。以前は、温かい眼差しを向けてくれていたのに、今では私たちを睨みつける冷たい眼。

 思いやりに溢れていた言葉は、何処へ消えてしまったんだろうか。口を開けば私たちを叱りつけるか、父さんの悪口ばかり。あれほど仲睦まじかったのに。

 あの頃が懐かしい。

 今は何も望んではいけない。誰にも頼れない。ただ、生きていく。

 でも、私が頑張ったら母さんはまたあの頃のように私たちを愛してくれるだろうか。もしかしたら、私はただ悪い夢をみているだけで目が覚めたら父さんの横で母さんが笑っているのかも。


 「たったそれだけかい。本当に使えない子だね」

 枯れ枝を抱えて家に戻った二人を叱咤する声が聞こえ、ナーナは現実であることを受け入れざるおえなかった。

 冷たさに心までもが凍えた。


 

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