第36話 アイの村の実情
翌日からテラは、デレクと共にアイの村を見て回った。
テラたち魔法団が宿舎としている空き家がある地域は、村のはずれに位置していた。崖の直ぐ下にあるその場所は、作物を育てるにも日照時間が少なくアイの村の中でも特に暮らしにくく、多くの家族が此処から離れていった場所だった。
したがって、空き家が多いこの場所は、魔法団が宿舎として使うのに適していた。雪深い地域であることからテントを設営するよりも空き家を使用した方が体への負担が少ない。いくら制服に魔法が掛かっており寒さからも防御してくれるとしても四六時中着ているわけにもいかない。それに、隊員たちが離れ離れになることもなく統制を取るにも適していた。何よりも疫病が蔓延している村の中心部に団員の生活拠点を置くよりも感染防御の観点からも良いと判断された。
村の中心部には、古いものの大きな集会場が建てられていた。
まだ、村人の結びつきが強く村から出るものもいなかった頃に建てられたものだ。当時は、多くの村人が集い相談したり、食料などを持ち寄り分かち合っていた場所。
今では、救護所として疫病に罹った者たちが所狭しと横たわっている。
調査の結果、アイの村に住むおよそ七割が罹患し、そのほとんどが年老いた者たちだった。若者の多くは働き口を探しに、今よりも良い暮らしにあこがれて村を出ていった。出た後、この村に戻ってくるものはいなかった。
疫病への対応は、難しくはなかった。シンリでの指針を部分的にこの村に合わせ見直せば、おのずと起こすべき動きは定まった。
デレクとテラは、集会所をそのまま救護所として使い、その周囲の家を何件か借り上げた。周囲の家の住人は罹患しているため既に救護所に入っており、家を借り上げることも容易だった。
そして、家族構成と重症度により罹患者を集会所と周囲の個別の家とに振り分けていった。家族が複数人いる場合は家へ、一人無いし二人暮らしの者は集会所へ。重症者はまとめて同じ家に収容した。
収容所の運営は、数日で軌道に乗った。
魔法力のないテラは、シンリと同様にここでも病に苦しむ者一人一人に寄り添い手を握り、背中をさすりその者たちの発する言葉に耳を傾けた。
すると、不思議にその者たちの呼吸は整い笑顔が見られる様になった。
そのような日々が続く中でテラは、隣の家のナーナとユーユのことが気になっていた。夕暮れ時に宿舎としている家に戻ると、よく枯れ枝を抱える二人の姿を見かけた。だが、母親と思われるその女性の姿を目にすることはなく、叱りつける声だけが度々響いていた。
「あのう。デレク殿下、お話があるのですが」
「何かな」デレクがテラに優し気な眼差しを向けた。
「私たちに支給して頂いている暖炉の薪を他の方に分けて差し上げてもよろしいでしょうか」
「いやあ。それ自体は構わないが、そうすると君たちが困るだろう。その前にどういうことなのか話してくれるかな」
テラは、隣の家のナーナとユーユについてデレクに説明した。
「テラ、一日ほど時間をくれるかな。その家について調べる必要もあるだろうし。この雪の中で薪にさえも窮している者たちが他にもいるのかもしれない。私は、民の暮らしに寄り添いたいと常々思ってはいるが、民の暮らしそのものをまだまだ理解できていないようだ」
元来、貴族と平民の間には目に見えない壁が立ちはだかっている。ましてや皇太子ともなれば尚更である。それなのにデレク殿下の言葉は、その壁を越えようとしている。
「デレク殿下についていきたい」テラは、そう思った。
その思いがただ伯爵家の者としてなのか、恋なのか愛なのか、その時のテラにはまだわかってはいなかった。
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