遠征Ⅱ アイの村

第35話 雪に埋もれるアイの村

 真っ白な雪に包み込まれたアイの村。

 テラが掌を宙に向けると、指の隙間からさらさらと粉雪が零れ《こぼれ》落ちていく。幻想的で美しい。

 「私、雪を目にするのは初めてだわ」

 「私もでございますテラ様。素晴らしい景色にございますね。ですが、雪というと冷たいものにございましょう。寒くはございませんか」

 「ありがとう、リン。大丈夫、やはりこの魔法団の制服のおかげかしら。少し冷たい気もするけど、それほどでもないわ」

 「はい。確かに」と言って、リンが地面に積もった雪を手で掬った。


 アイの村は、帝国の最北端に位置し更には、崖に囲まれた険しい地形であることからも辺境の地そのものであった。

 そのアイの村には、心温かな一族が住み着いており決して豊かではないが、慎ましく愛情豊かに暮らしていると言われていた。

 だが、ここ数年は豊かさを求めて村を離れる民も多く、空き家の多い過疎の村と化していた。


 それらの幾つかの空き家は、魔法団の宿営地とされた。


 リンが、窓を開け放ちせっせと掃除に勤しんでいる。窓の外では今もしんしんと雪が降り続いていた。 どのくらい人が住んでいなかったのだろうか。家の中は、いたる所に埃が降り積もっている。テラも手伝おうとしたがリンに頑なに拒否されてしまった。

 「テラ様にお掃除をしていただいたとあっては、私はこの先お邸に戻れなくなります。絶対にダメです」

 確かに、伯爵令嬢のテラが掃除をしたなどと噂になれば、光を持たないテラはより一層、他の貴族たちから厳しい視線を受けることになるだろう。

 シンリでは、現地の女性を侍女として魔法団が雇っていたがここは過疎の村。住民がもともと少ないうえに疫病で働ける人もほとんどいない。

 二人でした方が効率的だし掃除なら自分にもできるだろうと、テラは、単純に考えた。だが、貴族という身分が足枷となってできない。貴族はめんどくさいものだとテラは思った。


 強い風が吹き室内に雪が舞い込み、同時に暖炉の火が勢いを増し炎が高く上がった。

 テラは、慌てて窓を閉めた。

 「リン、お隣は空き家じゃあないみたいよ。ほら、小さな子供たちがいるわ。この寒空の下で何をしているのかしら」

 隣の部屋を掃除中のリンの耳にテラの声は、届かなかった。

 「お隣に行くぐらいなら、いいわよね」テラは、リンに届かないであろう小さな声をして、そっとドアを開けた。

 風の音と共に雪が勢いよく向かってきた。だが、テラは気にするでもなく外に足を踏み出した。


 「初めまして。しばらくお隣に住むことになったテラといいます。よろしくね」

 家の前で、声をしたテラを二人の子供が不思議そうに見た。

 「……」

 「こんな吹雪の中で何をしているの」テラは、先程よりも大きな声で言った。

 「えっ。何をって……」と、言いながら自身の手に握りしめた数本の枯れ枝を女の子が見つめた。

 後に聞いたのだが、その女の子は七歳のナーナで、もう一人の女の子は五歳のユーユだった。

 暖炉にくべるための枯れ枝を、集めていたのだ。ナーナとユーユの唇の色は紫がかっており、手袋もつけずに枯れ枝を持つ手は氷の様に冷え切っていた。顔色も失い白っぽくなっていた。

 「ナーナ、ユーユ。何をもたもたしているんだい」と、家の中から𠮟りつける女性の声が響いた。その瞬間、ナーナとユーユは体を反射的にピクッと震わせテラに軽く頭を下げると慌てて家に入っていった。


 テラは、その様子に呆然と立ちつくした。

 「テラ様、なぜこのようなところに」振り向くと、リンが慌てたようにテラに積もった雪を払った。

 「リン、ごめんなさい」

 リンに手を引かれテラは家の中の暖炉の前に座らされた。暖炉の火を見た瞬間にテラの瞳から大粒の涙が流れ落ちた。


 

 

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