第31話 邪鬼が見える理由

 テラは、森の中が心地良かった。

 枯れかけていた木々には、新芽が見られシンリに向かっている時には泥濘で歩きにくかった地面にも再び草が生い茂り始め、森の息吹が感じられた。シンリでの生活によって鍛えられたことも幸いしテラの足取りは軽かった。

 そのテラの意気揚々とした様子は、デレク達を安堵させた。先日の事件で元気をなくしていたテラを、デレクのみならずコールドやドロニスも心配していたのだった。

 ほどなく目的地の旧宮殿跡へ到着した。迷うことも覚悟していたが単なる危惧に終わった。

 

 「それでは、皆様はここでお待ち願えますか」

 「いや、私もテラと一緒に行きます。二人はここで待機していてくれ。もし私たちが昼を過ぎても戻らなかった場合、捜索の応援を呼ぶように」と、コールドとドロニスに指示を出すとデレクがテラを見た。

 テラは、デレクが足を踏み入れることができるだろうかと不安になった。精霊王やエスプリの意向次第だ。かといって、今デレクにそのことを告げるには、どのように話して良いか分からなかった。

 「まあ、行ってみますか」

 「えっ。」デレクは、テラの小さな呟きに反応したがすぐに何事もなかったかのような素振りでエスコートするようにテラに手を差し出した。


 二人が足を踏み入れると同時に二人の背中を覆い隠すように霧が拡がっていった。

 残されたコールドとドロニスは、困惑したがすぐに冷静さを取り戻し見えない霧の中を見守るように見つめ続けた。

 優秀な団員であるからこその行いだった。


 「テラ、よく来てくれたわね。嬉しいわ」と、エスプリが微笑んだ。

 「ああ、待っていたよテラ」低く優しい声は、精霊王だった。

 「先日は、失礼致しました」と、礼の姿勢を取ろうとするテラに二人が手を振り止めた。

 「テラ、かしこまった挨拶は止めましょう。それよりカモミールのお茶を入れてみたの。好きでしょう」言うと、二人を椅子に座るよう促した。椅子は、大きな木の株からできていた。眼前の泉は、以前よりも水量が増している様にテラの目には映った。

 差し出されたティーカップから少し甘い香りが漂う。

 「あのう、何故カモミールティーが好きだとご存じなのですか」

 「だって、当時から好みは変わっていないもの」と、エスプリは悪戯っぽく笑った。

 

 そのやり取りをデレクは不思議そうに見ていた。周囲は霧に覆われているのにこの空間だけが春の陽射しの中のように明るく気持ちいい。

 「ごめんなさい。デレク皇太子、あなたもどうぞ。」と、エスプリが呆気に取られているデレクにカモミールティーを差し出した。

 「ありがとうございます。私は、あっ、いいえ。私のことをご存じなのですか」

 「ええ、だって私の末裔なんだもの」

 デレクは、目をしばたたかせた。

 「あのう、エスプリ様。殿下が困惑されています。私からは、邪鬼の外見ぐらいしかお話ししていませんので。エスプリ様のこともご存じないかと」

 「ああ、そうだったわね。急に末裔だなんて言われたらびっくりするわよね。」

 「エスプリ、その大雑把な性格は、もう少し直らんのか。驚かせてどうする。」と、精霊王が困ったものだと両手を広げ首を横に振った。

 「じゃあ、帝国の創生から話すわね。少し長くなるわよ」

 

 エスプリは、テラに話したようにデレクにも順を追い説明した。その間、デレクは幾度も信じられないという表情をしていたが、エスプリの言葉を遮ることなく聞いていた。


 聞きながらデレクは、以前読んだ廃棄されるはずだった古書のことを思い出した。

 初代皇帝と皇后について記されていたが、かなり前の代の皇帝によって廃棄命令が下されていた。当時の管理者が自らの危険を負いながらも書物庫の奥へと隠し、保存された書物。ケイレブに見せられるまでは、デレクもその存在を知らなかった。

 その書物に記載された初代皇后の名は、エスプリ。初代皇后エスプリは、異世界から来たため額に光を持たなかった。そのことが皇家にとって不都合であり廃棄命令につながったのだと、ケイレブから教えられた。

 そういえば、精霊に愛されていたとも記されていたが、目の前のエスプリは、精霊王の娘である。

 「確かに。・・・」と言って考え込んだ後にデレクはエスプリに問いかけた。

 「お話は、理解しました。ただ、まだ混乱しているのですが、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか」

 「何なりと」エスプリの声が響いた。

 「邪鬼についてです。見える者が限られているようなのですが。テラと私と、テラの話によると赤ん坊も見えているのか若しくは何かしら感じ取っているようなのですが、どういう事なのでしょうか」

 「それは、邪鬼のもとであるを持たない者にしか邪鬼を見ることは出来ないからよ。とは、邪な負のエネルギーのこと。赤ん坊は、純真無垢そのものの存在でしょう。あなたたちは、心根が美しいこともあるのだけど精霊王の娘である私の欠片を持っているからよ。テラは魂の中に当時のまま。あなたは、その体内にほんの僅かだけど受け継がれた欠片が残っているわ。」

 「あのう。私もお伺いしてもよろしいですか」

 「テラ、もちろんよ」

 「ふと気になったのですが。初代皇帝陛下は、勇者としてエスプリ様と共に邪気を封印されましたよね。初代皇帝陛下は、邪鬼が見えていたのですか」

 「ああ。それは、大怪我をしたあの人を助けるために私の欠片を少しだけ使ったからなの。それで、邪鬼が見えるようになり勇者になったということ」


 コールドとドロニスが言うには、今回も霧が立ち込めていたのはほんの僅かな時間で捜索の応援を呼ぶ必要もなかったそうだ。

 結界の中と外ではやはり時間軸が違うのだとテラは考えながら、聞くべきことを聞けていなかったことに気が付いた。

 自分の魂がこの世界を救うために呼び戻された理由。最も聞いておかなければいけないことだったのに何故忘れていたのだろうか。

 邪鬼が見えるだけの自分に何ができるというのか。

 テラは、溜息をついた。

 

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