第30話 帰宅命令

 テラは、自分のテントの中を見渡した。

 荷物をまとめると意外に広い。木製の簡素なベッドと小さな机と椅子だけがその存在感を示している。無論、キリア邸の自室とは比べるまでもないが、愛着が湧いたのか何だか寂しい。この三か月弱の間は、前世においても経験したことがないことが多々あった。

 三日前の路地裏での事件は、キリア伯爵家にも知らせが入った。デレクとしても責任上報告を必要とする案件だった。


 捕まえられた男達は、以前から詐欺容疑でデレクが追っていた集団。その詐欺の内容は、一定の額を支払えば魔法団の救護所に優先的に入れるという、困窮者を狙う苦しんでいる者から金を搾り取るという悪質なものだった。

 魔法団の救護所は無料であるし、収容可能数もシンリに在住する平民の人数以上を確保しており全くのでたらめであったが、病に倒れた家族を慮り多くの者が何とか金を工面していたそうだ。

 この事件は、生活困窮者が正確な情報を得ることの難しさを浮き彫りにさせた。今回の事件に限らず帝国全体での対策を必要とし、すぐさま皇室議会での議題に上がった。

 さすがに、議場でテラの件までが話されることはなかったが、キリア伯爵家には速やかにデレクから極秘に連絡が入っていた。

 令嬢が路地裏で男たちに拉致されかけたとなれば名誉が著しく傷つく。テラの名誉が傷つくことが無いように極秘事項扱いとされた。

 しかしながらシリウスは、デレクからの連絡がなくとも自分の施した保護魔法の発動により、テラに危険が及んだことをいち早く察知しシンリへ駆けつけ状況を把握していた。

 テラの危機は、兄のシリウスのみならず両親であるキリア伯爵夫妻にも当然のことながら衝撃を与えた。動揺したキリア伯爵は、水晶通信を使用しテラに帰宅するよう言いつけた。

 テラは、心残りが無いとは言えなかったが、両親に心配をかけてしまった罪悪感とまだ残る恐怖心から父の命令に素直に従った。


 「テラ、準備は出来ましたか。」とテントの外からデレクの声がした。

 「はい。殿下、」と、テラは慌ててテントの外に出た。

 外は、薄っすらと明るくなり始めていた。

 「荷物は、魔法便で送るように手配していますので、テラは、このまま私がキリア伯爵邸までお送りしましょう」

 「あ、あのう。・・・」 

 「どうかされましたか」と、デレクがテラの顔を覗き込んだ。

 「お願いがあります」と、テラは、意を決して言った。

 「はい、お願いとは何でしょう」

 「デレク殿下には、ご迷惑ばかりをお掛けしてしまい申し訳なく思っております。それなのに申しあげにくいのですがー」

 「あのう、テラ。帰還を伸ばすことは、さすがに難しいと思われます。やはり貴族令嬢であるあなたにとっては、危険な場所ですので」

 「い、いいえ。違うのです」テラは、慌てた。

 「違うのですか…では、願いとは、」

 「寄りたい場所があるのです」

 「寄りたい場所とは、何処ですか。移動魔法を使用するつもりだったのですが」

 「ここに来る途中の森で霧に覆われた場所です。旧宮殿跡へ行きたいのです」

 「あそこは神殿跡だと推測しておりましたが。誰もが初めて見た場所ですがテラは、何か知っているのですか。邪鬼についてもご存じだったし、」と言うと、デレクはテラの顔を再び見つめた。

 「不思議な方ですね」と、呟くように言うとデレクは、テラの要望を聞き入れることにした。


 旧宮殿があったと思われる場所は、シンリに近い森の中でそれまでに通ったものも多くいたはずだが、テラたちが遭遇するまで誰も目にしたことがなかった。

 だから、位置情報が確実とはいえず旧宮殿までは徒歩で進み、そこから先は移動魔法を使用することになった。


 テラは、皇太子であるデレクに邪鬼について表面的なことは伝えたが、どこまで知らせて良いのかが分からず悩んでいた。

 そして、迷った末にその悩みは自身が負うべきものではなく、確認すべきものだと考えた。

 テラは、初代皇后のエスプリに会うために旧宮殿跡に行く必要があった。


 朝陽が遮られる森の中をテラは、デレク皇太子及び魔法団員であるコールドとドロニスと共に歩みを進めた。

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