第29話 邪鬼が見える者
広場での事件のあとテラは、時々邪鬼を見かけるようになった。
皮肉なことに、人出が増え町そのものが賑わいを取り戻していくほどに、邪鬼を目にする頻度が増えていく気がした。
だが、兄であるシリウスと同様に他の人には見えていないようでテラは、誰に話すこともできず胸に鬱々としたものを感じていた。
「あれ、湧水が減ったのかしら」と、テラは思わず呟いた。その声は、呟きと言うには大きすぎた。
「ええ、最近は本来の美しい姿を取り戻していたと思いましたのに。残念ですわ」と、偶然近くにいた女性がテラに微笑みながら答えるように言った。その女性の腕に抱かれている赤ん坊もつぶらな瞳をくるくるとさせ相槌を打っているつもりなのか、「あー、うー」と可愛らしい声を出している。その母子とは、広場で幾度か会釈を交わしたことがあった。
広場の象徴である泉の噴水は、水量が足らずに扇状に広がることなくちょろちょろと水が流れ落ちている。
空は灰色の雲に覆われ生ぬるい風が吹いた。
「何だか、雨が降りそうですね。私たちはお先に失礼しますわね」
「はい。どうぞお気をつけて」
女性が会釈をし商店の立ち並ぶ方へ歩みを進めたその時だった。
「ふ、ふ、ふんぎゃあー」
赤ん坊の泣き声が響き渡った。その泣き声は火が付いたように甲高く何かに怯えているようだった。
テラが驚きながら目を遣ると、その先にある店の前で男女が言い争っていた。
そして、その男女の周りをうろつく邪鬼の姿が見えた。
邪鬼が見える時にはいつもその近くで人と人が何かしら争いをしている。
女性は、その言い争う男女の前を赤ん坊をあやしなが足早に通り過ぎていった。
ぽつんっと頭に雨粒が落ちテラは、空を見上げた。
「やっぱり降り出したわね」
その小さかった雨粒はすぐに大粒へと変わり、ダリアの店へ向かって駆け出した。
ダリアは、濡れたテラをカウンター席へ案内するとタオルと温かいカモミールのハーブティー、オレンジピールのマドレーヌを出してくれた。
「美味しい。」テラは、目を輝かせながら言った。
「そう、良かった。最近やっと材料が揃うようになってね。久しぶりに作ったからどうかと思ったのだけど。」
「うん、ダリア。オレンジピールの甘さと若干の苦みが程よく効いてとっても美味しいわ」
「ありがとう。嬉しい」と、ダリアがにっこりと笑った。
「ところでダリア、近くのお店で何かあったのかしら。何だか揉めていたようだけど」
「あー、あれは、あの店の店主と働いていた女性なの。店主が、女性の態度が悪かったからって、急に止めさせたのよ。そしたら、女性の方は何だかお給金が約束と違うって言ってね」
「ああ、それで言い争っていたのね。何だか最近、揉めているところをよく見かけるわ」
「ええ。賑わいが戻ったのは、嬉しいんだけど揉め事も増えた気がするのよね」
雨が止みダリアの店を出るころには、もうすっかり夜の帳がおりていた。
「テラ、気を付けてね。最近、物騒だから路地裏は通っちゃだめよ」と、店を出るときのダリアの声が頭の中で反芻する。
暗い路地裏で見知らぬ男たちに取り囲まれているテラは、後悔していた。男たちがテラに危害を与えようとしたなら、兄の保護魔法が作動するはずだと思うものの不安なことに変わりはない。
テラは、街灯でオレンジ色に照らされた大道りを歩いていたがふいに何かの気配を感じた。路地裏のあたりを覗くと邪鬼が居た。それも一匹でなく何匹もだった。テラは、何があるのだろうかと邪鬼を追い路地裏の奥まで入り込んでしまった。
「なあ、嬢ちゃんよ。あんた貴族だろう。別嬪さんだなあ。」
「ああ。たまには俺たちみたいな奴とも遊ぼうぜ。」
「楽しませてやるからさあ。」
「・・・」テラは、恐ろしさのあまり声が出なかった。
「おまえら、嬢ちゃん怖がってるじゃあないか。安心しな。俺が一番に優しくもてなしてやるから」
「えー、リーダーずるいよ。」
「二番目はお前にやらせてやるから少し待ちな」と言うと、右の頬に大きな傷のある大男がにやっとした。
テラは、血の気が引いていく気がした。
「いや、来ないで」
大男がテラの肩に触れようとしたとき、テラが気を失うのと同時に青い光が男たちに刃となって降り注いだ。
「ぎゃあ」
「な、何だこの光は」
「テラ、大丈夫ですか」と、デレクが気を失っていたテラを抱き起した。
「えっ、デレク殿下。」
「驚きました。幾筋もの青い光が見えたもので来てみたら、あなたが倒れていたのです。それにしても、なぜこのような場所に」
「お、男たちは、」
「ああ、傷を負った男たちなら私たちが追っていた者たちだったので部下が捕縛しました。」
テラは、もう隠すべきではないと思った。
邪鬼を追いかけ路地裏に入り込んでしまったことや、邪鬼の外見の特徴などを説明した。
「邪鬼ですか。あれは、邪鬼と言うのですね。私も気にはなっていましたが、テラにも見えていたのですね。」と、デレクが神妙な顔つきで言った。
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