第26話 民営の救護所視察

 白い螺旋階段を昇りながらデレクとテラは、案内人の指さす先を見遣った。ここは、有料の民営救護所で案内人はこの施設の経営者であった。急な視察にも関わらず経営者自らが駆けつけて案内役となるのは、やはりデレクが皇太子という立場のためだ。

 「殿下、この先が病人の方たちのベッドルームとなっています。」と、息切れしながら禿げた額に汗を光らせ説明する。一階から二階へ移動しただけなのに息切れをするのはその突き出た腹の体型に要因があるのだろう。

 居室は、すべて二人部屋となっており夫婦や親子などで利用されている。だが、中には、金を倍額支払い一人で使用している者もいた。各部屋には大きな窓と水回りがあり、ベッド以外にも豪華な調度品が備えられていた。

 部屋としては換気もできるし水回りも整っていて何も問題がない。

 「部屋のつくりは問題ないな。疫病に罹った者はずっと部屋で過ごしているのか」

 「いいえ、体調が少し良くなりましたら下のロビーラウンジでお食事をされたり談笑されたりと有意義な時間を過ごされます」と、得意そうに言いながら吹き抜けから下を見下ろした。

 そこには、身なりの良い者たちが幾つかのグループでティーパーティーでも開いているかのようにテラの目には映った。「本当に病人かしら」と、思わず突っ込みたくなる。中央にはグランドピアノを弾く者が居て、各テーブルの傍には幾人もの給仕などの世話をする者が控えている。

 「ゴホッ、ゴホッ…」と咳き込むものが居たが、茶を口に含み談笑を続ける様子が見て取れた。

 「此処は、単なる宿泊所なのか」と、デレクの冷たい声が響いた。

 「は、はい。もとは、高級宿泊所でしたので、」と、案内役兼経営者が慌てて返事をしたが、デレクの言わんとすることを、全く理解できていない表情だった。

 この施設は、以前宿泊所だったものを疫病の蔓延により宿泊者が減少したために急遽高級救護所に変更したものだった。

 経営者としては、経営的側面からで悪意はなかったのかもしれないが、詳しい下調べや検討をすることなく無知のまま営業していたのだった。

 後の追跡調査により、疫病の蔓延がなかなか抑えられない要因の一つとしてこのような有料の救護所が問題となった。

 なぜなら、そのような施設を利用する裕福なものだけでなく、そこで働く者たちにも感染が拡がっていた。その中には、一度無料の救護所で回復したものの再度発症した者もいた。ちなみに同室の夫婦や親子は、どちらかしか発症していないにも関わらず何の対策もなく四六時中寝食を共にしていたのだから罹るのも当たり前であった。


 デレクは、視察を終えるなり魔法団直営の無料救護所で作成した疫病に対する取り決めを各有料救護所に指導するよう部下に命じていた。


 「しかし、まだ大きな問題があるんだ。」と、デレクはテラに溜息をつきながら言った。視察から三日目のことである。

 「もしかして、回復魔法を施すためのー」

 「ああ、魔法士が減っているんだ」

 ここ数年の間に魔法士全体の数が減少していることをテラは、兄であるシリウスから遠征に出発する前に聞かされていた。貴族の中にも魔法力が少なく回復魔法を使えないものも出始めていた。

 また、もともと貴族以外は魔法を使えない者が多いが、中には、魔法力の高い者も存在しカノンのような例外を除き、その多くは個人魔法士として働いていた。その個人魔法士も急激に減少していたのだった。

 この国では、病から回復するには回復魔法が必至であると考えられていた。だからこそ、魔法力の高い貴族が高い地位を維持できていたのだった。


 

 

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