第23話 カノンの憂い

 テラは、テーブル越しに座るカノンの厳しい眼差しが自身に突き刺さる様で顔を上げられずにいた。今にも荒れだしそうな曇天の空がこの場にも影響を及ぼしているかの空気感だ。

 デレク皇太子とテラ、魔法団救護所責任者であるカノンが居るこのテントは、救護所から手洗い場を挟んだその先に位置する。通常、カノンが救護所と行き来しながら事務的業務を行う場所だ。

 「カノン、そのように睨みつけては協議にならないだろう」

 「しかしながら殿下、令嬢の先程の言葉は受け入れることは出来ません。深窓のご令嬢が何も知らず何もできないのに余計なことを、」

 「カノン、口を慎め。」と、デレクが睨みつけながらカノンの言葉を遮った。

 テラは、動揺したがこのままでは無駄な時間を費やすだけだと思った。

 「私は、カノン様が成されてきたことを否定しておりません。療養所の手洗い場の設置も空気の流れを考慮されたことも的確だったと、素晴らしいと思っております。ただ、ベッドをほぼ隙間なく詰めるのはどうかと、もう少し間隔を開けてはどうかとお伝えしたにすぎません。」

 「だから、それが受け入れられないんだ。現実を解っちゃあいないんだ」と、カノンは再びテラを睨みつけた。カノンの紺色の瞳は美しいがその奥に深い悲しみを宿しているようにテラは、何故か思えた。

 カノンは平民でありながらも強い魔法力を持っていた。また、魔法以外の様々な能力も高かったため、実力のみで現在の地位にのし上がった人物だ。だからなのか、興奮すると言葉遣いが悪くなる。

 「では、その私が理解できていない現実が何なのかをお教え願います」

 「ああ、言ってやるさ。貴族や平民でも金のあるやつらは、病に罹っても金さえ出せば何とでもなるさ。自分で魔法士を呼びつけることもできる。だが、貧しいものはどうだ。此処に入れなければ、食うものも魔法士の手当ても何もない家で、いいや、家がある者はまだましか。下手したら何処かの路地裏でそのまま苦しんで死んじまうんだよ。金が無いのは惨めなものさ。だから、できるだけ多くの者をこの救護所に受け入れられるようにしなくちゃあいけない。理解できたか、ご令嬢。」と、興奮気味にカノンが一気に話した。

 「はい、カノン様がおっしゃっていることは理解できます。カノン様が貧しい方、助けを必要とされている方たちを思われているのは理解できます。ですが、今シンリで問題なのは疫病です。単なる病ではありません。疫病は、人から人に移って拡大していくものです。その拡がりを止めなければ、もっと苦しむ方が増えるだけです。救護所に多くの方を収容しただけでは、状況は良くなりません。適切な環境と適切な処置が共に必要なのです。」

 「此処シンリの状況が悪化の一途を辿れば、いずれは帝国全体へと拡大する懸念がある。その為、皇帝も惜しみない援助をすると約束し、此度の全指揮を私に委ねられたのだ。」と、二人の会話を聞いていたデレクが声を発した。

 協議の後デレクは、救護所の増設と更なる人員の派遣を速やかに行うよう指示したのだった。

 

 

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