第22話 シンリの現状


 シンリは都から離れているが皇室直轄の地である。皇室による他国との交易が行われる場であることから商業を中心に栄えていた。当然、人の往来も多く宿屋や酒場、服飾店など様々な店が軒を連ね、美しい花々や新鮮な野菜などを扱う物売りが路地を行きかい活気にあふれたいたらしい。

 テラは、兄であるシリウスからそんな話を幾度も聞かされており、以前から一度は訪れたいと思っていた。

 

 「ここが本当にお兄様から聞いていたシンリなのかしら。」と言って、テラは立ち尽くした。確かに家屋や店構えなどは、キリア伯爵家領地ウルジルに比べるまでもなく洒落て立派に見える。

 だが、それは外観だけのこと。外観と言っても軒先に飾られた花は枯れ、ドアも固く閉ざされている。ただ建物が上等なだけで人の気配もない。

 「ここは、まるでゴーストタウンだわ」

 テラは、自分が口にした言葉を悔いた。苦しんでいる人たちに対してなんて失礼なことを想像してしまったのだろうか。

 テラは、商店が立ち並ぶ中央にある広場で祈りを捧げた。そこには、水の湧き出る泉があり以前ならば噴水が弧を描く美しい名所でもあった。

 だが、今は水が枯渇しテラ以外には、誰もいなかった。

 「どうぞ、私の過ちをお許しください。そして、シンリの人々に再び平穏な日々、幸せが訪れますように」

 目を閉じ両手を合わせるテラに反応したかのように柔らかな風が吹き、雲の合間から陽の光が降り注いだ。


 病人たちは、魔法団が設営した無料の救護所だけでなく、経済的にゆとりのある者は、民間が運営する有料の救護所を利用するものも多くいた。

 さらに、裕福な者は、自身の屋敷で侍女に世話をさせながら魔法士を雇い入れる者さえもいた。

 疫病が拡がる前は、それほど経済的にゆとりはなくとも笑って暮らせていた人々が、仕事を失い困窮状態に陥っているのは明白だった。そのような困窮者が罹患し無料の魔法団の救護所に入れなければ、自宅でただ悪化するのを耐えるしかなかった。


 前回デレク率いる魔法団が訪れたときよりも疫病に罹るものは増えており、状況はかなり悪化していた。

 魔法団の任務は罹患者の状態を含め数の把握と収容、回復魔法を行いながら原因の追究と対策を練ることと多岐にわたっていた。その任務を遂行するには、デレクと共にシンリ入りした団員たちだけでは難しく、三日後に追加派遣の団員が到着予定となった。


 テラは、デレクと共にまず魔法団運営の救護所を訪れ、収容可能人数の把握や収容環境の是非、改善点などを見出していくことになった。

 ドーム状の大型テントの中には所狭しと簡易ベッドが並べられている。汗ばんだ体を拭いたり食事の世話をするのも困難なほどにベッドとベッドの間隔が狭い。これでは、保護魔法の無いものは立ち入ると同時に疫病の種をもらってしまう危険性が高い。ただ、ドームの中心上部は大きく開口し幾つかある出入り口は、開け放たれているため空気の流れは良いようだった。手洗い場もテントを出て直ぐと少し離れた場所に設置されていた。


 「ゴホッゴホッ。うっ、ゴホッ。ゴホッゴホッ」咳が止まらず涙目の老婆がテラの手を掴もうと伸ばした。

 テラは、優しくその手を握り頷きながら言った。

 「お辛いのですね。」

 老婆は、頷き返すとテラの顔を暫く見つめていたが、テラが背中を摩るとウトウトと眠りだした。傍には、まだ幼い男の子が不安そうに老婆を見ていた。その子にとっては、その祖母が唯一の身内だった。

 「咳も少し落ち着いてきたし顔色も悪くはないから、おばあ様は大丈夫だと思うわ」と、テラは、安心させるために言ったが内心不安だった。

 高齢になれば身体の予備力がなくなり疫病でなくとも回復が難しくなる。状態が安定しているように見えても何が起こるか分からない。安易に大丈夫だというのは、良くないこと。最悪なことが起こった際に余計に苦しめてしまうから。

 しかしながら、まだ幼い子にそのような前世で得た知識を伝えることは出来なかった。ただ無事に回復することを祈るしかなかった。

 その後もテラは、ベッドに横たわる人たち一人ひとりに声を掛け祈りを捧げていった。魔法力のないテラは、回復魔法を使うことができない。その間、デレクはこの救護所の責任者である団員と人数把握や必要物品の調整などを行っていた。

 

 「あのう、殿下お話したいことが幾つかあるのですがよろしいでしょうか」

 「ああ、私もテラの意見を聞きたいと思っていたんだよ」

 「ご令嬢、私も同席してよろしいでしょうか」と、言ったのは、この救護所の責任者であるカノンだった。その声には、怒りが滲んでいた。

 テラは、自分に向けられた怒りがどのようなものかを理解していた。カノンにとっては、魔法力の無い何もできない令嬢がシンリまで同行し、疫病への対応についてしかも自分の指揮する救護所について協議することに怒りを抱くのは、必然のように思えた。

 

 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る