第20話 先を急ぐ
先程までは、隣に立つ部下の姿さえ目視できなかった霧が薄らいできた。
「殿下、もしや前方から歩いてこられるのは、ご令嬢ではありませんか」と、エドガーが目を凝らしながら声を発した。
その姿は、確かにテラで一歩足を踏み出すごとに霧が薄くなっていった。
「殿下、魔法団の皆様。ご心配をおかけしました。」
テラは、申し訳なさでいっぱいの表情だ。霧はもうすっかり晴れた。
「ああ、テラ。無事でよかった。だが、もう勝手な行いはしないでくれ。心配もするし何より君は、魔法団の随行者なのだから」
「はい。殿下、本当に申し訳ございませんでした。皆様のお時間も奪ってしまいました。」
「奪われたというほどの時間ではなかったのだが、」と、デレクは、不思議そうにテラを見つめた。
テラを見失い霧の中で焦燥感に包まれていた時間は、実際には短いものだった。
そのうえシンリにほど近い場所でもあったため、夜の闇が深くなるまでに到着しようと一団は早々に出発した。
魔法を使うと近すぎるためにシンリの中心部、すなわち疫病の最も酷い地域に無防備に降り立ってしまう可能性があった。その為、薄暗い中ではあるがそれまでと同様に徒歩での移動となった。
テラは、後れをとって魔法団にこれ以上迷惑を掛けることは避けたいと、息を切らしながら足が痛むのも堪え懸命に歩いた。地面はぬかるんでいて枯れ枝も転がり、さらに暗さも加わり訓練した者であっても容易くない道のりだった。
デレクは、森の中で野宿するよりも森を抜けシンリに到着したほうが、良いと考えた。テラへの配慮からだったのだが、残念ながら令嬢であるテラにとっては過酷な試練と化した。
だが、不幸中の幸いと言ってよいのか、懸命なテラの姿に団員達のテラを見る目が変わった。テラが歩きやすいようにそれとなく足元を照らしたり、枯れ枝を除けるなど気遣う様子が覗えた。
「ご令嬢も、頑張ってよくお歩きになられましたね」
「本当に。足も痛かっただろうに」
「良い意味で、他のご令嬢たちとは違いますね」
「ああ、何だか不思議なお人だ」
森を抜けて直ぐシンリの端にあたる場所に作られた宿営地では、団員たちが自分たちのテントを設置しながらテラについて語っていた。
デレクとテラのテントは、移動魔法によって先に到着した団員たちの手によって、他の団員たちよりも少し離れた場所に設置されていた。
テラは、簡易ベッドの上でジンジンと痛む足を投げ出した。赤く腫れた足に団員が魔法で作り出してくれた氷を当てながら、エスプリの言葉を思い巡らした。
今日の出来事は、いったい何だったのだろうか。私が魔法団から離れていた時間は僅かだったらしい。確かにあの場所に就いたとき空は宵の闇に包まれ始める頃だったけど、結界から出た後もさほど変わりはなかった。あれほど長いお話だったのに。
結界の中と外では時間の流れが異なるのだろうか。
本当に私の魂には、エスプリ様の欠片があるのだろうか。そうだとすると、額の紋様が光を放たないことにも辻褄が合う。
いや、違う。
この世界を救うために私が呼び戻されただなんてあるはずがない。
だって、私には特別な力なんてないのだから。
テラは、考えを逡巡させているうちに、いつの間にか深い眠りの淵へと落ちていった。
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