第19話 欠片を受け継ぐもの

 エスプリは暫しテラを見つめた。 

 見つめられたテラは、エスプリの瞳に魅了された。エスプリの碧色の瞳は、宝石の欠片を散りばめたように美しい。その瞳に吸い込まれるように見惚れていたテラは、名を呼ばれ我に返った。

 「テラ、これから話すことは、あなたのことなの。驚くだろうけど、しっかりと聞いてね」エスプリの声は、それまでの優しい響きとは異なり若干の鋭さを潜ませていた。

 「あなたは、この国に。いいえ、この世界において特別な魂の持ち主なの。」

 「特別とは、いったいどのようなことなのでしょうか。」と、テラが目を瞬かせながら言った。

 エスプリの覚悟を決めたかのような凛とした声が響いた。 

 「率直に言うわね。あなたの魂は、私の娘なのよ」

 「えっ、私はキリア伯爵夫妻の娘です。そのような冗談は、あまりにも」

 エスプリがテラの言葉を遮った。

 「あなたは、確かにキリア伯爵とシェリー夫人の娘。ただし、それは肉体的なもの。魂そのものは、私の欠片を受け継いだ娘なのよ。」

 「でも、皇室の方々の欠片は、代々受け継がれ小さく薄くなってしまって消えかけていると、お話しされていたじゃあないですか。確かに母の家系を遠く遡っていくと皇室に辿り着くと聞いたことはあります。だから、子孫という意味ではそうなのかも知れません。ですが、娘というのはおかしいのではないですか。」と、テラにしては珍しく苛立ちを滲ませていた。

 「確かにテラがおかしな話だと思うのも仕方がないわ。でもね、あなたの魂が私の娘であることは事実なの。私が犯した過ち。だから、あなたに怒られても仕方がない。」と、エスプリは、目を潤ませながら話を続けた。


 エスプリは愛する家族が歳を取っていく姿に孤独と怯えを感じるようになっていた。それまでには知る由もなかった感情。自分一人が取り残されてしまうという恐怖。その感情を放置しては、精霊であるにもかかわらず邪気を生みだしてしまう。封印を破壊してしまう最悪の状態さえも引き起こす可能性があった。

 だから、どのようにすれば孤独や怯えを感じなくていいのかを考えた。かといって、人の体を持つ夫や子供たちを不死にしてしまうことはできない。夫と共に築き上げた国を見放すこともできない。

 息子は夫の後を継ぎこの国を守らなければならない。息子の魂に受け継がれた精霊の欠片は代を追うごとに小さくなりいずれ消えて無くなるが、この国に平穏をもたらし揺らぐことのない盤石な国へと導いてくれるはずだ。人が幸せの中で生きていくことができれば邪気が生まれることも少ないと考えた。

 また、エスプリ自身には、封印を守り続けるという役割があった。

 だから、せめてもの願いとして娘の魂だけは失いたくないと、テラが子を成しその子にエスプリの欠片が移行しないように力を使った。テラの子にはその欠片のごく一部、砂塵ほどをペンダントに封じ受け継がせることにした。 

 そのペンダントは、代々女系に受け継がれ現在は、テラの胸元で輝いている。


 エスプリは、娘にいろいろな世界を経験させてやりたかった。

 テラは、この世界で肉体的な死を迎えた後に違う世界、異世界での転生を幾度も繰り返した。

 このことを知らされたテラは、という前世での諺が、頭に浮かんだ。

 だが、テラにしては、有難迷惑とも言えなくはない。

 そして、此度この国のみならずこの世界の危機を救うためテラの魂は、この世界に戻され再びテラとして生を受けたのだった。


 「テラ、ごめんなさい。私の身勝手な願いからあなたを―――」と、そこまで話すとエスプリの声は涙で言葉にならなくなった。

 エスプリの背中を精霊王が、優しく撫でた。


 

 

 

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