第18話 封印された邪気

 精霊王の娘であり帝国の初代皇后であるエスプリの説明は、まるでいくつかの物語のようだった。


 精霊王の娘であるにも係わらず人間を愛したエスプリ。邪鬼に乱された世界から平和を取り戻すため愛した男と共に闘い、この国の礎を築き上げたエスプリ。

 二人は邪鬼を払い清めることに日々努めたが、邪鬼の根源である邪気を完全に消滅させることは不可能だった。なぜなら人が負の感情を抱く度に邪気を生じるから。その為に彼らは、肥大化した邪気を地下の奥深くに封じ込め、その上に封印を兼ね宮殿を建てた。聖なる泉は、その封印の要でもある。まさに今、テラが立つ場所だった。


 帝国を作り上げた二人の間には、やがて一男一女が儲けられた。勇敢でありながらも判断能力に優れた息子と、慈悲深さと共に思慮深さも兼ね備えた娘は、双子だった。その双子たちの額には、皇帝の血筋である牡丹の花の紋様があった。

 だが、魔法力の表れである光を放ってはいなかった。なぜなら母親であるエスプリが精霊王の娘であったから。双子は、エスプリの魂の欠片そのものを譲り受けていた。額の光に関係なく、時に全身が光り輝くほどの強い力を有していた。

 愛する夫と、可愛い子供たちの成長を見守る幸せな時間はあっという間に過ぎていった。精霊と人とでは時の経過が全く異なり、エスプリだけが歳を取ることがなかった。

 初代皇帝崩御後に息子が二代皇帝の座に就くと、宮殿を現在の都へと移した。エスプリだけが此処に留まり結界を巡らし、静かに封印を見守っていた。精霊王も封印に力を注ぎエスプリを助けた。


 初代皇帝とエスプリの子孫は、代が変わるごとに額の紋様の光は強まっていった。そのことは、素直には喜べないものである。外見上、魔法力は強まったが逆にエスプリから受け継いだ精霊の欠片は小さく薄くなっていった。

 更には、初代皇帝と皇后の伝記である書物「建国の礎」に記されている初代皇后の記述が皇室を貶めるという理由で、「建国の礎」の廃棄命令を下す皇帝までもが現れた。

 初代皇后は、異世界から来た不思議な力を持つ精霊にも愛された人物だとの表記は、あながち間違いではないのだが。精霊王の娘であるエスプリは、異世界さえも覗き見る力を有しておりそこから得た知識を建国時に活かしていたのだ。

 「建国の礎」が消えてしまったことで、邪気についての伝承も途絶えてしまった。皇室は、世界で最も強く尊いのは自分たちであると誇張していった。

 そして、疫病の発生や自然環境の悪化など魔法で対応できない現在の状況に、帝国は終焉に向かっていると考える者も現れだした。

 

 精霊王とエスプリは、邪気が膨大となり封印に漏れが生じていることに懸念を抱いていた。際限なく生まれる負の感情は邪気となり、やがて邪鬼を生みだしてしまう。だが、膨らみ続ける邪気を抑え込むことは、いくら力の強い精霊王とエスプリであっても至難の業だったのだ。現に封印を兼ねる聖なる泉の水も枯渇しかけていた。


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