第16話 霧の中で
「テラは、どこに消えたのだ。」デレクの慌てた声が響いた。
「ご令嬢は、殿下とエドガー殿がお話をされていた時に、神殿の方へお進みに、」
「なんだと、何故止めなかったのだ。」
「そ、その。お止めする間もなくー」と、頭を下げ委縮しながら一人の団員が答えた。
「すぐに捜索に向かう。」と、部下の言葉を遮り足を踏み出したデレクをエドガーが、制止した。
いつの間にか濃い霧で覆われ、足元さえも覚束ない状態になっていた。
「殿下、お待ちください。令嬢が心配なのはもちろんですが、この霧の中を捜索することはかなり困難です。ましてや、よくわからない場所なのですから」と、すぐ傍らに立つエドガーの声は響くが、霧のために姿は見えない。
「だが、テラに何かあってはー」
「令嬢は優秀な兄であるシリウス殿の保護魔法も施されています。更にはこの魔法団の特別に保護された制服もお召しになっておられます。ですから、余程のことがない限り危険はないかと。」
「エドガー、その余程のことがないとは、言いきれないではないか。」
「ですが、この霧の中でむやみに団員を動かしても混乱するだけです。霧が晴れた後、速やかに捜索に向かった方が確実なのではないでしょうか」
エドガーの意見は正論だった。
デレクは直ぐに捜索を開始したかったのだが、霧が晴れるのを待つことにした。皇太子でありこの魔法団の団長という立場上、自分の気持ちは抑えるしかなかったのだ。
「ここは、どこかしら。何だか懐かしい気がするわ」と、テラはいつもと同じく誰に語り掛けるでもなく言葉を発していた。
先程まで淀んでいたはずの森の空気が、ここは清々しく感じられる。日も暮れかけていたはずなのに何故だか明るい。時が止まったかのような不思議な場所。
それなのに中央辺りにある泉には水が底をつくほどの僅かしかなく、木々も枯れてはいないものの元気がないように見える。何だかアンバランスだ。シンリでの異変はこの場所と何か関係しているのだろうか。更に奥へ進むと女神像が見えた。ウエーブのかかった長い髪のその女神は優しく微笑んでいるように見える。見惚れるような麗しい女神。その傍には荘厳さを纏う巨木が立っているが、この巨木はいったいどれほど長い時を刻んだのだろうか。
その女神像へ近づくと、突然テラは眩い七色の大きな光に包まれた。テラの胸元の首飾りも同調するかのように光を放っている。
そのテラを包む光の中に、美しい女性と威厳のある高齢の男性が現れテラに優しい眼差しを向けた。
「私の欠片を受け継ぐ愛おしい娘よ」
凛とした女性の声が響き、テラは周囲を見回し自分以外に誰もいないことを確認した。殿下率いる魔法団の姿さえも見えない。
「あのう、私のことでしょうか。」と、恐る恐る聞いてみた。
「ああ、テラ。待っていたよ」と、自分の名を呼ぶその声は、森に入ってほどなく聴こえた声と同じだった。木に浮かんだおじいさんに「テラ、」と、呼ばれたことは、やはり気のせいではなかった。
いや、もしかしたら、今この時も私は、夢を見ているだけなのかもしれないと、テラは思った。
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