第14話 泥濘の森

 


 森の中を進むにつれて目に映る景色は、大きく変化していった。

 古を感じる美しかった森は、デレクが伝えていた通りに半時ほど進んだあたりから地面は沼地のように変わった。足元の草は、朽ちて溶けかけ漂う異臭がじっとり纏わりつく。

 その変化に馬たちも何かを感じとったのだろう。

 落ち着きをなくし進むことを嫌がり始めた。テラの愛馬であるシェリーもテラと合流した直後には、意気揚々とテラを乗せ進んでいたが、他の馬と同様にとうとう、一歩も動かなくなってしまった。

 そのまま馬を使い進むことは、困難でもあるし何よりも危険であった。したがって、数名の団員と共に馬たちは移動魔法によって先にシンリへと送られた。  

 令嬢であるテラも森の中をましてや泥濘を徒歩で進むには、体力的にかなり厳しいことであろうと、移動魔法を勧められたが断ったのだった。


 「危ない」

 泥濘ぬかるみに足を取られ転倒しかけたテラを、デレクが手を伸ばし引き寄せた。テラは、もう少しで全身が泥まみれとなるところだった。それでも魔法団の制服や頬など所々跳ねた泥が付着したテラは、到底伯爵令嬢とは想像できない有様である。

 また、全く魔力のないテラが魔法団の制服を身に着けていることにも違和感があるが、その理由はその制服には防御魔法が備わっているためデレクの指示で着用していた。テラは、兄による何重もの保護魔法と共に魔法団の制服によっても保護を受けていた。

 しかしながら、足は既に痛みを通り過ぎ感覚が無くなっていた。「足が棒って、まさにこのことなのね」と、テラは、心の中で思った。


 「やはり、今からでも移動魔法でシンリへお送りしましょう」

 「デレク殿下、お心遣いありがとうございます。ですが、やはり自分の足で歩いていきたいのです。殿下や他の皆様にご迷惑なのは、重々承知しているのですが」

 「テラ、この森の状況は、先日よりもかなり悪化しているんだ。このまま進むと更に危険が増すかもしれない。先に行ってシンリの状況を見て回っていて欲しい。私もそれほど時間を置かずに合流できるだろうから」

 テラは、少し目を伏せて考えこむ様子を見せた後に視線を戻すと、覚悟を決めた眼差しでゆっくりとした口調で話し出した。

 「殿下、申し訳ありません。殿下のお心は嬉しいのですが、やはりこのまま同行させてください。なぜかそうしなければいけない気がするのです。魔法で送っていただいた方が安全なのもわかります。ですが、何かに呼ばれているような、そのような気がするのです。お願いします」

 「何か感じるものがあるのか。」デレクはテラを真っ直ぐと見つめた。

 「はっきりとしたものでは、ないのです。ただの気のせいかもしれません。ですが、」どのように説明してよいか迷ったテラは言葉に詰まった。

 「そんなに言うのなら仕方がない。ただし無理だけはしないでほしい。わかったね」と、言うとデレクはテラの頬に就いた泥を優しく自らの手で拭ったのだった。

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