第11話 ユスラウメ

 デレク皇太子の話では、シンリの疫病は近隣の村にも拡がりつつある。人々は発熱や咳、時には嘔吐や下痢もみられ悪化して亡くなる者も多い。

 また、作物は全くと言ってよいほど生らず、道端の草木さえも枯れた。シンリに接するの森の木々も同様で、以前は動物たちの水飲み場であった泉も茶色く濁り枯渇しかけている。

 だが、何故だか森の半ばあたりまで来ると景色が全く異なった。いや、こちらが本来の状態だったのだが。木々の葉は青々と茂り、朱い実をつけているものもあった。足元の草花は赤や白、紫などの花を咲かせていた。驚きのまま森を抜け川を渡りウルジルに来たのだが、川のせせらぎの美しさにも目を見張った。

 魔法団によるシンリでの滞在は七日ほどのことだったのだが、ウルジルの景色にデレクを含め団員たちは懐かしさを感じ安堵したそうだ。

 「何故これほどの違いがあるのだろうか。その理由が分かればシンリを救う手掛かりになるかもしれない。だから、話を聞かせてほしい」

 デレクは説明を終えると、森で見つけた小さな朱い実をテラに手渡した。


 テラは、その実を手の上で転がすと口の中に一粒入れた。口の中にさっぱりとした若干の甘みが広がった。

 「ああ、やっぱり。懐かしい味。ユスラウメね」と、嬉し気な表情で呟いた。

 デレクと村長は、呆気にとられた表情でテラを見つめた。 

 皇太子殿下の前で無意識のうちに、伯爵令嬢らしからぬ行いをしていたことに気づいたテラの顔は、一瞬にしてユスラウメと同じ朱色に染まった。その様子を見ていたデレクと村長は、すぐさま何も見ていなかったかのように視線を逸らし、再び話を進めたのだった。


 「ウルジルでは、病に倒れる村人は多くはないのか」

 「はい、今のところ重病人などおりません。勿論のこと、時には病に伏せる者もおりますが、軽症で数日もすればたいてい回復しております。だから、今までと別段変わったことは今のところないかと」

 「そうか、それは良かった。何か、他の村とは異なる対策をしているのだろうか」

 「いいえ、特に変わったことは何も。ああ、しかしながら、お嬢様、テラ様がお越しの際に、病人や怪我人がおれば知恵を授けていただいております。」

 「知恵とはどのような」

 「ええっと、いろいろでございます」と、村長はテラのほうを見た。

 「先ほどは無作法なことをしてしまい申し訳ありませんでした」と、少し落ち着きを取り戻したテラは、デレク皇太子に謝罪した。

 「いや、何も。それよりも村人たちにどのような知恵を授けたのだ」

 「たいしたことではないのです。殿下もご存じの通り私には魔法力がありません。ですから、魔法をほとんど使うことのできない村人と同じ立場で、思い浮かぶ助言をしたまでです。助言といっても生活の中で活かせるちょっとした工夫のようなことなのです」

 「だが、君はあの時…」デレクは、デビュタントでの光に包まれたテラを思い出し言いかけたが、その後に続く言葉を飲み込んだ。

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