第10話 殿下との再会

 テラは、前を行く村長の様子に目を疑った。

 いつもの村長なら、腰が直角を過ぎているのではないかと思うほど曲がり、杖をプルプルとさせながらよたよたと歩いていたはず。

 だが、皇太子殿下の来訪を聞き慌てて飛び出した村長の後姿は、真っすぐといってよいほど腰が伸びている。

 更に、大小の石が転がるデコボコ道なのに、上手に石を避けながらの速足。杖さえも地面に突くことなく、ただ携えているだけ。まるで、ただの荷物のようだ。

 「村長の腰って伸びるのね。」

 テラは、感心しながらも笑いそうになるのを、堪えながら村長を追いかけた。


 村の西側にある水飲み場では、すでに馬から降りた団員たちが顔や手を洗い口を潤していた。団員たちは十名ほどでそれ程多くない人数だが、各々の額の家紋から放たれる光が強く、精鋭部隊であることは一見して理解できた。

 その中でも群を抜いて眩いほどの光を放っている人物がいた。額に皇帝の血統である紋様を持つデレク皇太子殿下だ。

 テラは、デレクの深い紫色の瞳と髪の美しさに惹きつけられ、顔が火照る気がした。だが、不敬にならぬよう慌てて視線を下げ、心の中で呟いた。

 「セシリア皇女様もお美しいけれど、殿下もやはり美しいお方だわ」

 テラは、平静さを装い顔を少し伏し、村長の少し後ろで右腕を胸に置き礼の姿勢をとった。馬に乗ってきたためにドレスを着ておらず、裾を広げるカーテンの所作は取れなかった。


 「あなたが、ウルジルの村長か」

 「は、はい。ウ、ウルジルの村長エッセンが、帝国の皇太子殿下にご、ごあ、挨拶―」緊張からなのか村長の声はもちろんのこと杖を持つ手も小刻みに震えている。

 「かたい挨拶はよい。それよりも確認したいことがあるのだが、」と、村長の言葉が遮られた。

 「この森の向こう側のシンリの状況は伝え聞いているか。」

 「はい、噂としてですが、かなり悲惨だと」

 「ああ、酷い有様だ。それでも、通常なら私たちが介入すれば速やかに改善できるはずなのだが。自分たちの力を奢っているつもりはないが、今回は違った」と、デレクは溜息をついた。

 「と、言われますと」

 「ああ、いろいろな魔法をかけ合わせてみたが効かなかった。村人たちの疫病が治まるでもなく、森の浸食も阻むことができない状態だ。仕方なく我々は対策を立て直すべく一旦都へ戻ることにした。途中、森や近隣の状態を更に確かめようと、転送魔法を使わずここまで来たのだが。」

 「そ、それはお疲れのことでしょう。このような村ですが、どうぞ少しでもお寛ぎくださいませ」

 「いや、そうではなく聞きたいことがあるんだ」

 「えっ、どのようなことでしょう。私共に答えられることでしょうか、」と、村長は少し困惑した表情で助けを求めるようにテラを振り返り見た。その直後デレク皇太子もテラを見遣り、驚いた表情で声をかけた。

 「あなたは、キリア伯爵家の令嬢テラではないか」

 「はい、ご挨拶が遅れ申し訳ありません。先日のデビュタントの際はお助けいただきありがとうございました」

 テラは、ドキッとしたが表情を変えることなく平静さを装い挨拶をした。

 しかし、デレクは、時が止まったかのようにテラを暫し見つめたのだった。


 

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