第9話 迫りくる災い

 ウルジルの村長は、テラに向き合うように木製の椅子にゴトンッと音を立て腰を下ろした。

 その椅子は、長い間大切に使われていたのであろう、簡素な造りではあるものの深みのある光沢が美しい。

 村長は、座りながらも床に付いた杖を握りしめバランスを取るように前かがみになると、大きな息をひとつ吐いた。

 いつもなら陽気な村長の顔が険しいことにテラは若干の不安をおぼえ、村長の瞳を覗き込んだ。

 「テラお嬢様、どうか暫くの間はこちらに来ることはお避け下さい。」

 「どうしてなの。もしかしてお父様が何かおっしゃったのかしら」

 「いいえ、そのようなことはございません」

 「だったらなぜ、、、もしかして私がここに来ることは迷惑だったのかしら」

 「そのようなことでは、決してありません。私どもは皆、お嬢様に大変感謝しているのです。だからこそ、心配なのです、、、」

 「何が心配なの。ねえ、何が起きているの。さっき話しかけていた災いの種とは何なの。」

 「…やはりお伝えするべきなのでしょうね。でも、決して危険なことはしないとお約束ください」と、念を押すと村長は再び大きな息を吐いた後に、薬草茶を啜ってから語った。その薬草はテラが前世で飲んでいたものをこの村で見つけ村人たちに伝授したものだった。

  

 ウルジルの西側に位置する深い森を抜けるとシンリという村がある。そこは皇室の直轄領であるために、普段から手厚い保護を受け住み易く活気にあふれた村だった。

 しかしながら、この一か月ほどの間に疫病が蔓延した。物資も不足し今では目を覆うほどの惨状となっているらしい。同時になぜかウルジルとの境の森も徐々に蝕まれるように枯れていき、その浸食は徐々にこちら側へと近づいている。

 ウルジルの村人は死を招く災いの種がいつ自分たちを襲うのかと日々戦々恐々としていた。

 

 「でも、シンリなら直ぐに皇室直属の魔法士が派遣されて収まりそうなのに」

 「ええ、派遣されてはいるのですがなかなか難しいようで、先日から皇太子殿下が魔法団を率いて赴かれているそうです」

 「皇太子殿下がですか」と言い、テラはデビュタントの出来事を思い出した。

 デレク殿下は妹君であるセシリア様と同じ紫色の瞳だが、髪は銀色の長髪でその額の紋章は透明な光を放っていた。

 つい、心の声が漏れた。

 「なんだか中性的な美しい方だったわ」

 その言葉に村長が首を傾げたその時、ドアをノックする音が響きテラは、救われた気がした。

 だが、息を切らしながら入って来た村長の息子は、ひどく焦り怯えているようだった。背が高くがっしりとした体格に似合わない気弱さは、生真面目で優しい性格からのようだ。

 「た、大変です。この村に、」

 「まさか。とうとう…」村長の顔から血の気が引いた。

 「あっ、いいえ違います。疫病ではなく、殿下が、皇太子殿下がお立ち寄りになられました」

 「えっ、ここにデレク殿下が」と、テラは驚いた声を出し村長と顔を見合わせた。

 


 

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