第8話 野を駆ける

 「今日は、ウルジルに行くわよ。シャーリン、よろしくね」と、朝の澄んだ空気の中でテラは、その雌馬を優しく撫でた。シャーリンは、白く美しいテラの愛馬である。

 目的地のウルジルは、キリア伯爵の領地内だが、広大な領地のやや西の外れに位置し馬で駆けても時間を要する。その日のうちに帰宅するためには、早朝に出発する必要があった。

 テラは、早朝の空が白み始めたのを見計らい馬小屋のある西門から出発した。邸の東門は宮殿へと、西門からは、野に続く道が築かれている。

 久しぶりの遠出に目を輝かせシャーリンに騎乗し駆け出すと、テラの金色の髪とシャーリンの白いたてがみが、シンクロするようになびいた。

 

 デビュタント後に一時は心配した両親から外出を禁止されていたが、毎朝シリウスから保護魔法を受けることを条件に何とか以前のように外出できるようになった。

 「それにしてもシリウス兄様ったら寝ぼけたお顔をされていたわ。おかげで保護魔法だけしてもらい、行き先を問われずに済んで良かったのだけど。きっと今頃は、行き先を確認しなかったことに大慌てね。」と、テラはまるでシャーリンに話しかけているように意気揚々と声を発した。

 暫くすると朝陽が顔を出して朝露が光った。木々などはもちろんのこと道端の小さな雑草でさえその生命を感じる。テラの最も好きな時間である。本当はゆっくりと駆けていきたいが、日が暮れるまでに邸に帰るために先を急いだ。再び外出禁止になることだけはどうしても避けたい。

 テラは途中一度だけ小川の辺りでシャーリンの水飲みを兼ねて休憩した。自身も侍女が用意してくれていたサンドウイッチを傍目を気にせず口にほおばった。甘めの卵がたっぷりのサンドはやはり美味しい。それも誰もいない場所でマナーを気にすることなく食べると更に美味しさが増した。幸福感に包まれたテラは、元気を取り戻し再びシャーリンとともに野を駆けた。

 暫くすると、山間の小さな川沿いに集落が見えてきた。どの家も質素な木の造りだが、家も畑や水場もよく手入れされているのが分かる。


 「シャーリン、頑張って駆けてくれてありがとう。おかげで、思いのほか早く着くことができたわ。しばらく此処で待っていてね。」と、テラは少し息を切らしながら言った。太陽はまだ真上に達してはいなかった。

 

 「テラ様、お久しぶりでございます。道中危険なことはございませんでしたか」と、笑顔で仙人の様な杖をつきながらテラを出迎えたのは村長の爺様だった。

 「ええ、無事に何事もなく来れたわ。皆さんもお変わりなかったかしら」

 「お嬢様、いつもこの村を気にかけくださりありがとうございます。お陰様でこの村には災いの種もまだ降ってこず、あっ。」しまったという表情をして途中で言葉を止めた村長にテラが素早く反応した。

 「どういうこと。ほかの村では何かが起こっているの。災いの種って何なの」

 「いやはや、、、」村長は告げてよいものかと思案していた。なぜならテラが知ってしまうと危険を顧みずに直ぐに動いてしまう恐れがあったからだ。テラの性格は、よく理解している。そのような村長の危惧を気に留めるでもなくテラは、とりあえずシャーリンの背に掛けてある荷を村人たちに運ばせたあとに、落ち着いて村長から詳しく話を聞くことにした。

 荷の中身はいつもと同じく村人が必要とするであろう食料や布、子供たちの玩具などが入っていた。それらは量としては、けっして多くはない。シャーリンがテラと共に背に乗せ運んできた荷なのだから。

 だが、村人たちにとっては、領主のお嬢様自らが届けてくださる尊い愛そのものだった。

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