第7話 皇太子殿下の考察

  「やはり、此処は良いな」と言うと、デレクはゆっくりと息を吸った。書物の匂いで心が落ち着く気がする。

 幼いころは、書物が好きでよくこの場所を訪れていたが、魔法訓練や皇太子として担うことが多くなった今では、足が遠のいていた。

 「はい。デレク殿下にとっては懐かしい場所でもありましょう」と、ゆっくりとした口調で答えたのは、デレク皇太子の元教育係で現在は、書物庫の管理を担っているケイレブだった。

 「はて、本日は如何なされましたか。デレク殿下は此処にある書物の内容はほぼ頭に入っておられたと記憶しているのですが」

 「ああ、そう思っていた。だが、少し気になることができたんだ。それに久しぶりに書物の匂いに包まれたかったんだ」

 「はて、気になられることとは、どのようなことでございましょう」  

 「魔法力を表す額の光が全くない者が、魔法を使えるだろうか」

 「はあ、額に光が無いとすれば魔法を発動させる力そのものが無いのですから、、、」

 「そうだよな。やはり私の見間違いだったのだろうか。全身が清らかな透明の光に包まれ池の水面に立つ令嬢を見た気がしたのだが」

 「デレク殿下が見間違うとは思えませんが…そのご令嬢とはセシリア皇女様が大切にされているキリア伯爵家のテラ様でしょうか」と、言うとケイレブは左手で顎の白髭をさすりながら頭を傾げた。

 「ああ、だがこの件は他言はせぬように」

 「はい承知しました。このまま少々お待ち願えますか」と、言うとケイレブは、ゆっくりと歩を進め一番奥まった棚の裏側へと消えていった。


 ケイレブを待つ間にデレクはデビュタントの日の出来事を思い返していた。キリア伯爵家の令嬢であるテラのことは妹であるセシリアから聞いてはいたが、会ったのはあの日が初めてだった。

 全身を光に包まれ水面に立つテラは、ただただ美しかった。一瞬の出来事だったが、その姿は今も鮮明に頭の中に思い浮かぶ。腕の中に飛び込んできたのはかなりの驚きだったが嫌ではなかった。

 しかし、テラの額には聞き及んでいたように光は全く無かった。あれほど輝かしい光に全身を包まれていたにもかかわらずだ。

 あれからひと月以上が経った今でも、テラのことが気になって仕方がない。私は、どうしてしまったのだろうか。あの日から気が付けばいつもテラのことを思っていて、自分が自分でないような感覚だ。

 そして、辿り着いたのが書物庫だった。

 

 デレクが自身の内面に目を向けていると、ほどなくケイレブが埃っぽい今にも朽ちてバラけてしまうのではないかという書物を、慎重に両手で携え戻ってきた。

 「殿下、お待たせしました」

 「この書物は見たことが無いと思うのだが、」

 「左様でございます。こちらの書物は、幾代も前の皇帝陛下から処分するよう命令を受けておりました。ですが、当時の書物庫の管理者が命を賭して隠し保管していたのです。以降、書物庫の管理者のみに代々極秘事項として伝えられておりました。ですから、殿下の父君である現皇帝陛下でさえもこの書物の存在はお知りになりません。こちらには、この国の礎を築いた初代皇帝陛下と皇后陛下について記載されているのですがね…」

 「そのように貴重なものに何故、処分命令が下ったのだろうか」

 「それは、この国を初代皇帝陛下と共に築いたとされる皇后陛下の記載内容について問題視されたそうでございます」

 「問題視された内容とは、」

 「初代皇后陛下は異世界から来られた不思議な方だったそうです。そのためか額には光を持たなかったのですが、とても聡明で美しく精霊からも愛されていたと記述されています。きっと、異世界から来られたことと額に光を持たないということが、皇家にとって不都合だと思われたのではないでしょうか。」と、ケイレブはデレクにその書物を手渡した。

 その書物からは、湿気を含んだ古い紙の匂いがした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る