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 と、そこでぱっと周囲が明るくなった。

 いつの間にか窓辺からも夕陽差し込まない時間になっていたらしい。代わりに天井の光が自動的についたのだ。

「ありがとう、神谷くん」

 すでに、魔女の瞳はなりを潜めて、彼女は優しく微笑み返す。

「まだ何もしてないが?」

「聞いてもらえるだけで、救われることって結構あると思うの、わたし。……座るわね?」

 そう言って手近な椅子に腰掛ける香珠妃。

「それで……どうして自分が≪エクセプション≫だなんて思い込んでるんだ?」通陽も香珠妃に倣う形で、彼女の隣の席の椅子についた。

「聞いてくれるの?」

「そうでもしないと帰してくれなさそうだからな」

「なら、話すわね。わたしが、≪エクセプション≫であると確信してる理由」

 指を一本、彼女が立てる。

「理由の一つ目は……君にもわかるんじゃないかしら?」

「……生理が止まった……か」

 そう言うと、香珠妃は少しだけ恥ずかしそうにしながらも、頷く。

 それは、有名な自覚症状の一つ。

 そもそも≪魔王≫は、『宇宙人』が人間より高次のレベルの存在へと強制的にシフトアップしようとした結果である。そのシフトアップの結果、生物は一体の≪魔王≫へと収束して完成するというのが『宇宙人』(かれら)の構想であった。ようは人間からの進化であることから、≪魔王の蛹≫は人間としての生殖機能が不要になるとも言われている。

 そしてその自覚症状は中等教育の過程で、女性は生理が唐突に止まった場合、≪魔王の蛹≫であることを疑えと教えられる。ちなみに男性は、いわゆる『不能』になった場合だ。

「だが、他の理由ならいくらでも考えられるだろう? 無理なダイエットのしすぎでホルモンバランスが崩れた、あるいは……先生と恋人の間に――」

「そ、そんなことありえないわっ!」と、声を荒げる香珠妃。

「どっちがだ」

「きみが……恋人、とか言った、方……」

「どうして言い切れる」

「だって……いないし、いたこともないんだもん」赤面した表情と小さな声での反論。

「…………」

 唐突な告白に、こんな時だというのに、通陽がなんと答えればいいのかあぐねいていると。

「あ、もしかして疑ってるっ!? だったら試すっ!?」

「つまり先生が全裸になって、俺が用意した検査薬を目の前で試すってことか?」

「……それ年頃の男の子としてどうなの? 一周回ってかなり変態っぽくない?」

「だったら他の証明の仕方があるか?」

「ぇ……それは、その……ていうか、神谷くんの方こそ≪魔王の蛹≫」

 ……遠回しに機能不全だと煽ってるのか、こいつ?

「当然違う」そう答える声には、怒気が含んでしまった。「そもそも≪勇者≫が≪魔王≫になることはありえない」

「ふーん」

 話は脱線してしまったが、彼女が用意した理由その一は以上のようだ。

「ほとんど判断材料にならないな。それとも、先生は生理が止まった女性や機能不全の男性を全員殺せとでも?」

「大丈夫よ。まだ理由は二つ残ってるわ」今度はピースサインを作って彼女は続ける。

「理由の二つ目。あなたがこの学校に来たこと」

 自信を込めているようにも見受けられるが、通陽はすぐに反証を出す。

「その理由は今朝方言っただろ? 天峰風姫の教育のためだ」

「それにしては時期が不自然すぎないかしら? 風姫ちゃんが≪勇者≫になったのは今年の三月で、今は一二月……教育というには遅すぎない?」

「だとしてもだ、それと先生が例外の≪魔王の蛹≫である理由になるのか?」

 通陽の当然とも言える反論だが、香珠妃は首肯してみせる。

「ええ。これはわたしなりの≪エクセプション≫の解釈なんだけれどね、完全にわからないのではない、と考えてるの」

「……完全にわからないわけではない?」つい聞き返してしまう。

「ええ。確証が高い場合は≪魔王の蛹≫として断定する。けれども判定が曖昧な場合は、保留にする……別の対処プランを与えてね」

「別の対処プラン……セクターへの≪勇者≫の派遣か」

 要約に満足が言ったのか、「そう」と肯定し、「筋は通りそうじゃない?」と訊いてくる香珠妃。だが――

「残念ながらそうはならない。天峰風姫がいるだろう?」

 香珠妃が提唱する別の対処プラン……通陽を用意するには、≪勇者≫が近くにいないことが前提だ。だが、現実としては天峰風姫はすでにこのセクターの≪勇者≫となっている。

 が、それを香珠妃は「いいえ」と遮る。

「けれどもこうも考えられない? 新人の≪勇者≫に、身内の処断は難しく、第三者が対処するべき案件である、と」

「……そういう判断がされるということは、先生が≪エクセプション≫であるから、ということか」

 通陽は香珠妃の言葉を聞いて、考えを再整理するように呟くと、香珠妃も目で頷いた。

 確かに、ある程度の論理があるようにも聞こえるが、この仮説を崩すことはたやすい。

「だが、その仮定を受け入れるということは、同時に天峰風姫の仲の良い友人にも≪エクセプション≫の疑いがある……そのケースも当然考えられるんじゃないか?」

「む……」香珠妃も通陽が何を言いたいのか察したのか口をつぐむだけだった。

 通陽の来訪の理由が仮に『≪エクセプション≫の疑いがある人間』の対処プランであり、それが必要なのは、対象が天峰風姫に親しい人間であるからだとして。その対象は必ずしも、天峰香珠妃に絞られると言われれば――

「先生は天峰風姫の姉だ。が、≪魔王の蛹≫の兆候が出ており、かつ天峰風姫と親しい人間について先生だけが絞られるとは限らないんじゃないか?」

「うぅー」と、通陽が諭すと、香珠妃は恨めしそうに唸る。

 ……なんだ、この程度か?

 もう少し、論拠があるうえで、香珠妃は話しているのだと通陽は身構えていたが二つの理由はどちらとも簡単に覆せる弱いロジックでしかない。

 ……いや、あと一つあると言っていたか?

「最後の理由はなんだ?」

 早く終わらせようと促す通陽。

「その前に確認してもいいかしら? 公共的に知られている≪魔王の蛹≫の兆候について、わたしに出ていること。それから、≪魔王の蛹≫と疑わしい人が風姫ちゃんの親しい人にいる可能性があること……それは問題ないのかしら?」

「水掛け論に陥るのがオチだからな。可能性はある、というところは認めるしかない」

 重要なことは、香珠妃の≪エクセプション≫であるという自己申告を、香珠妃が納得の上で取りやめにさせることである。彼女の言う仮説を完全に否定できない現状では、今のところは彼女の話をある程度前提にする必要がある。

「うん。わかったわ、じゃあ最後の理由は――」

 三つの指が立てられて、香珠妃は微笑む。


「昨日、神谷くんがわたしを見つめたから」

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