第3話
「では準備が整いましたところで、ミスターMをお迎えしましょう」
拍手が沸き、歓声に迎えられたのはガタイの大きな黒服の男。サングラスをかけて厳つい顔。にこりともしない。こんなに歓迎されていながら、これでは愛想がない。その男は手に何やら人形のようなものを持っている。と思っていたら、男はおもむろにそれを床に置いた。人形は歩き出し、あの小さな階段を上った。かわいらしいと思ったのは小さいこととその動き。だが人形にするには向いていない顔だ。台に添えられたこれまた小さなマイクに向かって、
「皆様、お忙しい中、私のために足をお運びいただきまして誠にありがとうございます。本日は皆様より素敵な物を賜り、感謝の言葉もございません。心よりお礼申しあげます。皆様どうぞ、ごゆるりとなさってください」
人形は胸に手を当て一礼すると、台を下りた。こんなからくりでどうしてみんながこうも仰々しくしているのか? 本当の主催者は出てくる気配もなく挨拶は終わったようだ。なんとも失礼な話しだ。呼び出しておいてこれではみんなは怒るだろうに。と思い見回したが誰も怒るふうでもなく、また拍手が沸いた。なんだ? この集団。変な宗教だったりして。もう周りの人たちはがやがやとお喋りをしたり、料理に手を付けている。これなら私も喋っていいだろう。
「あのー。これはどういうことでしょう?」
「お分かりになりませんか?」
「ええ。分かりません」
「ミスターMのパーティですよ」
「そのミスターMを私は知りません」
「先ほどご覧になられたはずです」
「どちらにおられました?」
「あちらの台に上られたじゃありませんか」
「あれは人形でしょう?」
その言葉に、数人がこちらを振り返り、咎めるような視線を投げつけてきた。ジョルジョフは私を隅の方へと誘い、
「めったなことを口にしてはなりません。ミスターMに聞かれでもしたらとんでもないことです」
私は見たままのことを言っただけだったが、それはタブーだったらしい。
「ごめんなさい。気をつけます」
私はいっそう声をひそめて、
「私に分かるように説明をお願いします。このままでは、また私が失言してしまうだろうから」
最初に彼が私のもとに現れたとき、世界政府の役人だと名乗った。ということは、このパーティが特別なものであることは察しがつく。
「ミスターMは、地球を破壊することも可能な絶大な力を持っているのです。それは兵力とか、財力とかそういったものではないのです。口にはできないことです。実は私もそこのところはよく知らないのです。あなたが見たのがミスターM、その人なのですよ」
信じられないことだった。あんなに小さな人がいるわけがない。けれど、ジョルジョフがうそをついているとも思えなかった。
「あなたは何か勘違いをなされているのでは?」
「勘違いとはどういうことでしょう?」
「ミスターMは……」
そこまで言って、ジョルジョフは言葉を止めた。近くにあの厳つい顔の黒服がいたからだ。
「これはどうも、ミスターM。お気に召されましたでしょうか?」
ジョルジョフは黒服に言ったのではなく、その手に乗っているミスターMに話しかけたのだ。
「ええ、非常によい贈り物です。私は満足しております。ジョルジョフには感謝申し上げる。では失礼」
そう言って、ミスターM は他の客に挨拶をしに行った。
「よかったです。聞かれていなかったようです。ここでは言葉に気をつけなければなりません。あの方は……」
ジョルジョフは私の耳元でこう言った。地球人ではありません。私は思わず声を漏らしそうになった。
「落ち着いて下さい。何事もないように振舞ってください」
「宇宙人ってこと?」
ジョルジョフはうなずいた。
「それを言ってはいけません」
とそれがタブーであることを示唆した。
「そのことはもしかして、この会場にいる人たち全員が知っているということでしょうか?」
「もちろんです。ご存じなかったのはあなただけでしょう。彼は一切メディアには顔をお出しになりませんから」
そりゃそうだろう。あれではどう見ても、からくり人形。誰も信じやしない。けれど、こうして見てもやっぱり人形に見える。しかし、地球を破壊できる力を持つミスターMは、この地球に何を目的としてやってきたのだろうか? 資源を求めての侵略とか、住んでいた星が壊滅して、この地球へ移住してきたのか? どちらにしても、このパーティに何の意味があるのか? ミスターMが言っていた『素敵な物を賜り』というのがキーワードだ。それを送ることによって、地球はミスターMの破壊から免れるということなのだろう。けれど、あんなに小さな宇宙人にそんな力があるのだろうか?
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