第2話
ジョルジョフはロビーで私を待っていた。
「お美しい。完璧です。さあ、会場はこの上ですよ」
私はこのロビーの装飾も、まだ十分に眺めていないうちに、エレベーターへと誘導された。これもまた豪華なもので、エレベーターの中とは思えない。床は赤い絨毯敷き。照明はシャンデリア。三面の壁のうち正面が鏡になっていて、両側は高級そうな布地が張られている。扉が閉まると緊張した。こんな立派なエレベーターでなくとも、知らない人とこうして乗るのはやはり緊張するものだ。何かされるということもないだろうが、ドキドキする。エレベーターは七階で止まった。
「さあ、こちらです」
ジョルジョフに案内されて両開きの大きな扉の前まで来た。そこにはいつから待ち構えていたのか、黒い服のホテルマンが二人立っていた。無言で私におじぎをして二人は同時に扉を開けた。会場の中は突然何やらざわめいて、眩しい光が私に当てられた。大勢の人たちに出迎えられ、私は逃げ出したい気持ちに駆られた。後ろを振り返り本当に逃げ出そうとした。しかし、ジョルジョフはそれを許してはくれなかった。怒っているふうではなく、優しく微笑んで、
「怖いことはありませんよ。私がエスコートしますから」
ジョルジョフが自然な仕草で私の手をとりゆっくりと中へと導いた。大きな歓声と、拍手に迎えられて私は動揺した。なぜ私がこんなふうに歓迎されるのか? 意味が分からない。どこかの可笑しな儀式で私は生贄にされるのでは……。 そういう思いが頭の中をよぎった。ジョルジョフに話しかけたかったが、今はそれを許さない雰囲気を彼から感じた。少しでも気を紛らわせようと、目をきょろきょろと泳がせた。見るものすべてが私には新鮮だった。豪華なパーティは立食のビュッフェ式。煌びやかな、いかにも金持ちそうな婦人たち。男性の衣装はモーニングだったり、スーツだったり、いずれも地味な色で高級そうなものを着ている。何のパーティか? 横断幕で何かが書かれているのを想像したが、そういったものは見つからなかった。ただ人が集まっている。何の名目でこの人たちは呼び出されたのだろう? 私に注目が集まっていることは確かだ。会場には舞台のようなものはなく正面に一つ台が置かれている。高さは十センチか、もう少し高いかそのくらいだ。マイクも一つ用意されていた。私は思ったとおり、その台に上がるように指示された。何を話せばいいのやらと考えていると、
「名前を言ったらいいんですよ」
と傍らに立っているジョルジョフが言う。
「はじめまして。あのー、結城奈絵です」
これでいいのかな? とジョルジョフを見ると、彼はうなずいた。すると、会場が沸いた。歓迎の意味を込めてだろう。しかし、私はますます困惑した。
「では、主催者よりご挨拶がありますので静粛に」
ジョルジョフが言うと、場内は静まり返った。やっと主催者の登場か? どこから現れるのかと辺りを見回したが、誰も動かない。きょろきょろしていると、私のドレスの袖を誰かが軽く引っ張る。そちらを向くと、ジョルジョフが台から下りるようにと言った。会場運営スタッフが、会場の奥に置かれていたのか、何やら大きな台を引っ張て来た。そして、私が立っていた台をどかして、大きな台をそこに据えた。台の高さは私の胸の辺り。小さな階段がついているのが妙に不自然だ。台の大きさにしては立つスペースが狭すぎる。これでは小人しか使えないのではないかと思えるものだった。そう思ったことを私はあえてジョルジョフには言わなかった。ここで主催者の挨拶があるということなのだから、これに上がるのも主催者に決まっている。けれど、これはギャグのつもりかもしれない。たぶん、この台に上がりかけたとき、「こんなちいさな台に上がれるか!」と主催者がつっ込むのだろう。
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