プレゼント

白兎

第1話

『宇宙人がやってきた』なんて、ばかばかしいニュースが飛び交った。誰もがそんなホラ話をあざけり、笑った。新聞やテレビでは、文字だけが踊っていて、肝心な映像はどこにも公開されず、ニュースの第一報からひと月が過ぎて、宇宙人騒ぎはただの噂話として、忘れ去られようとしていた。そんな時、私のもとに世界政府のジョルジョフという男が現れてこう言った。

「あなたはとても幸運な方です」

 わけも分からないまま、パーティへと招待された。招待状というものを彼は私に見せた。そこには確かに『結城奈絵』と書かれている。私の名前に間違いない。

「あのー、私には身に覚えのないご招待ですが、一体何のパーティでしょうか?」

 立派な黒塗りの大きな車に私は乗せられていた。車には詳しくないから、何という車か分からなかった。

「行けば分かります」

 このジョルジョフという男、信用してもいいのだろうか? 確かにこの身分証明は、世界政府の人間であることを示している。しかし、私にはまるで無関係な組織のはず。

「私、やっぱり帰ります」

 私は怖くなって車を降りたいと訴えた。

「ご心配には及びません。すぐそこのパラダイスホテルが会場です。ご存じでしょう?」

 パラダイスホテルというのは、数年前にできた比較的新しい超高級なホテル。私など足を踏み入れることは、一生できないようなところだ。しかし名前がおかしい。『パラダイス』とはいかにも安っぽい。メディアに一切公開されないそのホテルの中に入れるというのは、私にとって魅力的だ。

「存じておりますが……」

 何と答えたらよいのやら。断るのも惜しい気がしてきた。

「ほら、もう着きましたよ」

 私の決心がつかなぬ間にホテルに着いてしまった。広く大きな玄関前に車を止めると、ベルボーイが車のドアを開けた。足元には赤い絨毯が敷かれている。あまりの仰々しさに笑ってしまいそうなくらいだ。ジョルジョフもまた大げさなほどに私をエスコートする。こんなところはやはり私は不似合いだ。この人たちに私はどう映っているのだろう? ジーンズにTシャツといういでたちのまま、ここへ連れて来られてしまった。

「やっぱり困ります。こんな格好じゃ恥ずかしくて……」

 どうにもいたたまれなくなった。自分がここでは浮いていて、みっともなくて、恥ずかしいを通り越して悲しくなってきた。

「ご心配には及びませんと申し上げたでしょう?」

 そう言ってジョルジョフはロビーの隅にいる数名のメイドを呼び寄せた。

「このお嬢さんにお召し物を」

 そう一言いうと、メイドたちは、さあこちらへと私を奥の部屋へと案内する。誘われるままに行くとそこは衣裳部屋で、目にも鮮やかなドレスの数々。

「こちらからお選びください」

 メイドたちは私語がまったくなかった。ただそこで私がドレスを選ぶのを待つだけ。

「あのー。どれを選べばいいのか分かりません。どうしたらいいのでしょう?」

 少し年増のメイドを選んで話しかけた。

「どれでもお好きなものをどうぞ。お嬢様のサイズでそろえてありますので」

 私のサイズって、どういうことだろう? 誰がそんなことまで。それを聞くのが怖くなった。なるべく地味で露出の少ないものを選んで、更衣室のような場所を部屋の中で探した。

「これに着替えたいのですが」

 私が言うと、

「では、今お召しになられている物をお脱ぎください」

 年増のメイドが言った。私はこの人たちの前で下着姿にならなくちゃならないのか? 居並んでいるメイドたちをさらりと見流したが、誰もが無表情のままだった。仕方なくジーンズとTシャツを脱ぐと、メイドたちはやっと仕事になるとばかりに、甲斐甲斐しく私にドレスを着せにかかる。寸法はやはり私に合わせてあるようでぴったりだった。しかし、モデルのようにプロポーションがいいわけではなく、胸は薄く腹から下は、運動不足もたたって締まりがない。メイドたちは、一度着せたドレスを剥ぐと、コルセットやら何やら体系の矯正をする下着を持ってきた。それらを使って、私の身体はいいようにされた。余分な肉は下着に押し込まれ、足りないところには横から下からと肉を引き寄せた。そうした後にドレスを着ると、見違えたように綺麗に着こなしている自分が、鏡の中に現れた。

「今度はこちらへお座りください」

 化粧の道具がずらりと並べられたメイクアップコーナーに私は座った。普段は化粧などほとんどしない。去年、二十歳を過ぎてからは、日焼け止めクリームを塗ることだけは欠かさずにしていたが、フルメイクをして出かけるなんて機会はめったにない。メイドは私の癖のある髪をまずは一つに束ねて縛った。ヘアーバンドで前髪を上げ、基礎化粧品を七つも使って私の顔を念入りに整えた。そうこうするうちに、やがて鏡の中には見たこともない私が映る。その後は髪をいじられた。癖毛をさらにクルクルと巻いて、クリームをベタベタつける。なんとも華やかなヘアースタイルが完成した。

「さあ出来ましたよ」

 そう言ったのも、やはり年増のメイド。他のメイドは、もしかしたら喋れないのではと思うほど何も喋らない。無駄口は禁じられているのだろうけど、ここまで徹底しているとはさすがプロだ。私は姿見の鏡で、自分の姿を映した。自分で言うのもなんだが、綺麗に変身できている。

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