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 *


 終わりは意外と簡単にやってきた。

 騒がしさを手に入れるために、風の強い日、音楽をかけながら、本を読む。ついでに彼が話でもしてくれたら最高だった。できうる限り、二つか三つ以上の情報を平行で処理して頭のなかを騒がしくしていたいぼくのニーズに、彼はしっかり答えてくれた。


 本。読んだ先から文字はひとつひとつメロンソーダの泡みたいにはじけて、はしゃいでいた。「向こうのほうに缶詰めを見つけたんだ」正しく文脈をつかみ取ることも、その裏に含まれた情緒を楽しむこともできない。「開けてみない?」風が窓の外に吊るしてある風鈴を大きく揺らし、甲高い音が鳴る。ぼくは少しだけ寂しくなる。「まだ何か物を食べられる身体なのかどうか、けっこう興味があるんだけど」首を振る。窓の外には、薄い染みみたいなうろこ雲が浮かんでいる。「その小説、絶対きみの好みじゃないでしょう」読んでいないから分からない。最初の三ページだけずっと読み返している。泡がはじけている。食べ物の刺激はぼくの混乱になにかしら良い効果をもたらすものだろうか。「犯人の名前を教えてあげようか」それもいいな、とぼくは思った。そもそもこれはミステリ小説だったのか。Bメロに切りかわる。歌詞の意味が分からない。


「混濁はもう十分かい?」

「まだもう少し」

 本を読むときは、出来うる限り頭のなかをぐちゃぐちゃにしておきたい。何か一つのものだけに向き合うことができない。それは恐ろしすぎる。

「本はもうやめたほうがいい」

 いつのまにか風鈴は取り外されて、BGMも止まっていた。彼の声だけが聞こえる。

「きみはもうね、ねむったほうがいいよ」

「ねむくない」

「そうだとしても。混沌と混乱を晴らしてくれるのは、深くて良質な眠りしかないと、ぼくは思う」

 そうかもしれない。これは集中力の問題なんだ。

「誰か来たら起こしてね」

「もちろん。でも、誰も来ないよ」

 そりゃあ、そうだろう。

 でも、もしかしたらこの世界には。

「ぼくたちだけじゃないかもしれないから」

「ぼくたちだけだよ。分かってるだろ?」

 たしかに。ぼくは、他に生き残っている人はもういないと、半ば確信のような、信仰のような、そんな力強さで、他人の不在を理解していた。



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