3
*
終わりは意外と簡単にやってきた。
騒がしさを手に入れるために、風の強い日、音楽をかけながら、本を読む。ついでに彼が話でもしてくれたら最高だった。できうる限り、二つか三つ以上の情報を平行で処理して頭のなかを騒がしくしていたいぼくのニーズに、彼はしっかり答えてくれた。
本。読んだ先から文字はひとつひとつメロンソーダの泡みたいにはじけて、はしゃいでいた。「向こうのほうに缶詰めを見つけたんだ」正しく文脈をつかみ取ることも、その裏に含まれた情緒を楽しむこともできない。「開けてみない?」風が窓の外に吊るしてある風鈴を大きく揺らし、甲高い音が鳴る。ぼくは少しだけ寂しくなる。「まだ何か物を食べられる身体なのかどうか、けっこう興味があるんだけど」首を振る。窓の外には、薄い染みみたいなうろこ雲が浮かんでいる。「その小説、絶対きみの好みじゃないでしょう」読んでいないから分からない。最初の三ページだけずっと読み返している。泡がはじけている。食べ物の刺激はぼくの混乱になにかしら良い効果をもたらすものだろうか。「犯人の名前を教えてあげようか」それもいいな、とぼくは思った。そもそもこれはミステリ小説だったのか。Bメロに切りかわる。歌詞の意味が分からない。
「混濁はもう十分かい?」
「まだもう少し」
本を読むときは、出来うる限り頭のなかをぐちゃぐちゃにしておきたい。何か一つのものだけに向き合うことができない。それは恐ろしすぎる。
「本はもうやめたほうがいい」
いつのまにか風鈴は取り外されて、BGMも止まっていた。彼の声だけが聞こえる。
「きみはもうね、ねむったほうがいいよ」
「ねむくない」
「そうだとしても。混沌と混乱を晴らしてくれるのは、深くて良質な眠りしかないと、ぼくは思う」
そうかもしれない。これは集中力の問題なんだ。
「誰か来たら起こしてね」
「もちろん。でも、誰も来ないよ」
そりゃあ、そうだろう。
でも、もしかしたらこの世界には。
「ぼくたちだけじゃないかもしれないから」
「ぼくたちだけだよ。分かってるだろ?」
たしかに。ぼくは、他に生き残っている人はもういないと、半ば確信のような、信仰のような、そんな力強さで、他人の不在を理解していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます