傍観

    Λ


 乗り合いの大型の蒸気自動車に乗って、宗教国家都市の南東部へと向かうわたくしめ達。


「今からなら、お昼頃には南東部の市場に到着しそうでありますね、フィオ。」


 軽快に街道を走るその大型車には十人ほど座って乗れる席があり、一番後ろの席でフィオナーレと並んで座っています。


「そうね。往復でも陽が沈むまでに帰れるなら、それに越したことはないわ。宿で泊まりも考えたけど、やっぱり自分の家の方が落ち着くもの。」


わたくしめは任務や遠征で宿舎泊まりや野宿もしますので、あまり気にならないでありますよ。」


「ベル、あなた確か良い家の出なのよね。帰りたくはならないの?」


 騎士団員として活動を始めたのは八歳の頃。

 わたくしめの家は代々続く騎士の家系で、王政国家都市の北東部に領地をいただきました。

 この国を治める皇帝陛下の右腕、その五指に数えられるほどの名家なのであります。


「皇帝陛下の御膝下おひざもとを支える事が、我が家系の使命であり喜びなのですよ。わたくしめには二人の兄上がおりますが、どちらも騎士団員として陛下の近くに仕えているのです。」


 家族と顔を合わせるのは年に数回、帰省をした時くらいなのだと。

 それに今はフィオナーレがそばにいるので寂しくはならないのだと、話しをしました。


「まぁ、わたしも似たようなものだから、あなたがそれで良いならかまわないけれど。」


 そう言って、少し頬を染めた彼女はそっぽを向いてしまいます。



 太陽が空高く昇る頃、わたくしめ達を乗せた大型の蒸気自動車が宗教国家都市の国境を越えました。

 国と国を行き来するこの乗り合いの車は、乗りこむ時に荷物を確認して国境の検問でも再度確認されます。

 配備された兵士は多いものの、武器類の持ち込みがなければ通過は問題ありませんでした。


 のどかな風景の中を真っ直ぐに進んで、市場へと到着します。

 他の乗客とともに車を降りると、大きく伸びをしました。


「んん……やっぱり、じっとしていると疲れますね。とても良い空気で、運動して躰をほぐしたいであります!」


「わたしは日差しが暖かくて、なんなら車の中で寝ていたかったわ。」


 あくびをしながら、ゆっくり歩き出すフィオナーレ。

 すかさず、口から言葉が滑りだします。


「それなら、帰りの時は寝てもいいでありますよ。わたくしめがしっかりフィオの寝顔を堪能させてもらうでありますから!」


「……絶対に寝ないようにするわ。」


    ψ


 宗教国家都市南東部の市場は活気に溢れていた。

 もちろん、市場というものはどこでも賑やかなものなのだろうけど、違う国にいると思うとなおのこと眩しく見える。

 新鮮な野菜や果物、芳香なワインの香りも漂い、色鮮やかな露店を見て回るだけでも心が高揚としてきた。


「うぅん、どれも目移りするわね。安いし新鮮で……今度から直接買い付けに来たいくらいだわ。でも、往復の乗り合いを考えると……」


 つい、独り言をつぶやきながら歩き回ってしまい、隣に並ぶベルファミーユに顔を覗きこまれる。


「なんだか楽しそうでありますね、フィオ。ついてきて正解だったであります!」


 そんなことを言われて思わず恥ずかしくなる。

 表情は変わりないはずだと思いたい。



 そんなこんなでお目当ての乳製品も買い揃え、昼から開いてる酒場で軽い食事を摂ることにした。

 お酒はもちろん飲まないが、広くて開放感のある雰囲気につられて選んだ。

 けれど、その空気もすぐに破られることになる。


 朝から酒を飲んでいたであろう男達が言い争いを始めて、次第に掴み合いにまで発展したのだ。

 見たところだいぶ酔っているようで、仲間内で止めに入るもののまるで収まる気配がなかった。

 周囲は騒然として、野次馬も集まってきている。


「フィオ、危ないので念のために下がっていてください。ここはわたくしめにまかせてほしいであります!」


 そうして、ベルファミーユが喧嘩する男達に近づこうとした時だ。


 野次馬の中から一人の青年が進みでてきて、彼らの仲裁に入った。


「ずいぶん酔っているな。事情は分からないが、ここは争う場所じゃない。」


 それは黒髪で背の高い凛々しい顔つき、歳は二十過ぎくらいだろうか。

 その身なりや雰囲気から教会の関係者なのはわかった。


 収まりのつかない一人が酒瓶を手に振り上げて殴ろうとした瞬間――

 その腕を取って素早く足を払って投げ倒してしまった。


「これ以上はただでは済まなくなる。悪いことは言わないからもう落ち着け。」


 流れるようなその動きに横で見ていたベルファミーユも呆然としている。

 すると、一人の女性が人混みをかき分けて騒動の元へと近づいていった。


「皆さん、大丈夫ですか?あまり飲み過ぎてはいけませんよ。さぁもうお開きにしましょう。」


 亜麻色で長い髪をしたシスターで、わたしと同じくらいの歳に見える。

 背はわたしより低いけれど、露出の少ない修道服でもその胸の大きさは隠しきれず、とてもスタイルがよかった。


 騒ぎが収まり、野次馬が離れる中、わたし達はその二人から目が離せなかった――

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