敷衍(ふえん)
ψ
わたしはベルファミーユと一緒に居間で、遅めの朝食を取っていた。
コーンスープに固めのパン、つけ合わせは香草にイモとニンジンのバターソテー。
甘くなり過ぎないように薄味で整えてある。
こう見えて、わたしは料理が得意なのだ。
「んん〜、フィオが
「レシピ通りの分量と火加減で材料を焼いただけだもの。実験とそう変わらないわ。誰かに見られながら一人で食べるのも落ち着かないし。」
彼女が何を思い浮かべているのかいよいよ分からないけれど、極限に味気ない答えを返しておく。
「それで……今日は一体何しに来たのよ。」
「そうでありました。また
顔を輝かせて声を上げるベルファミーユ。
何となく予想はしていたけれど、やはり仕事の依頼だったようだ。
紅茶を手にしながら首を傾げて考える。
騎士団の仕事は報酬の払いが良くて、美味しいのは間違いない。
しかし、それは本当に額面通りの内容だった場合の話だ。
この前のような隣国との衝突や争いが起こり得るなら、また意味も変わってくるというもの。
「今度はどんな調査を行なうの、ベル。」
「それは隊長殿から直接聞いてほしいでありますね!」
どうやら詳細はまだ決まってはいないとのことだった。
話だけ耳にして飛び出してきたようだ。
考えるより先に身体が動くタイプであるベルファミーユらしいといえばそうだけど。
朝食を食べ終えたわたしは二人分の食器を洗ってから、出掛ける支度をする。
「どこかに行くのでありますか?」
「買い出しよ。錬金術の研究に必要な材料とか、夕飯のね。あなたも暇ならついてきてもいいわよ……荷物持ちとして、だけどね。」
そうして、わたしは微笑んでみせた。
――わたしは荷物を入れるための
「フィオ、忘れ物であります。」
彼女は玄関に立てかけておいた、飾り付きの杖を差し出してきた。
前回の調査任務でベルファミーユから貰ったものだけど、正直なところ使い道が分からなくて困った物だった。
「……買い物に行くのに、わざわざ片手を塞いでどうするのよ。」
「これは立派な錬金術師の証であります!肩出しワンピにコルセット、短いスカートに少し無骨な上着の流れる金髪、そしてこの杖!はわわぁ……最高に可愛いでありますよ、フィオ……!」
無理矢理に杖を持たされたわたしを見て、瞳を輝かせては悶えるベルファミーユ。
……むしろ、リュックと杖を片手に街を歩く姿は、まるでバックパッカーか聖地の巡礼者だ。
仕方なしにため息をひとつ、そのまま買い物に出掛けた。
結局、本当について歩いて横に並んだ。
わたし達は王政国家都市中央部の南側にある規模の大きな鍛冶屋へと馬車で移動をした。
ここは日常で使われる蒸気機関の道具のほかに、王立騎士団に武器や軽装の鎧、錬金術の研究に必要な鉱物にいたるまで取り扱う市場のようなところだった。
「
「ええぇ……わたし、なんだかあなたのことが心配になってきたわ。色々な意味で。」
そんな話をしながら、様々な金属や鉱物が並ぶ出店で頼んでおいたものを注文する。
ベルファミーユは興味津々に結晶や原石を眺め、金属光沢のある真紅の結晶に目を止めた。
「それは
「フィオの作ろうとしているものと同じ名前でありますね。」
彼女は見上げながら訊いてくる。
「その石がそう呼ばれるのは、水銀の精製のほかに漢方薬の原料として扱われ、何より色が赤いことからなの。」
錬金術は研究や進行の過程を色で判別をする。
最初 黒 (腐敗)
第二段階 白 (浄化)
第三段階 黄色(変質)
最終段階 赤 (完成)
といった具合に意味づけもされている。
あらゆるほとんどの金属を溶かしてしまう王の水も、紅茶のような
そして、錬金術師の求める『賢者の石』とは、非金属を金などの貴金属に変えたり、人間を不老不死にすることができるという赤い霊薬とされる。
実際にはその名の通りの
わたしは店の店主から瓶詰めにされた水銀を受け取りながら説明を続けたが、ベルファミーユはなんだか分かったような分からないような複雑な顔をするのだった。
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