少閑

    Λ


 王政国家都市の中央部より西側方面に広がる樹海、その実地調査を終えて数日が経ちました。


 西部都市駐屯地にて、輸送車や装備の手入れをしていたわたくしめのもとにマト分隊長殿がやってきます。

 わたくしめは立ち上がり、胸の前に握った右手を置く王立騎士団式の敬礼をしました。

 マト分隊長殿は答礼の後に口を開きます。


「ベルファミーユ。この前の調査任務ではご苦労だった。君の機転で切り抜けた局面もある。礼を言おう。」


「もったいないお言葉であります、隊長殿。わたくしめは出来ることをしたまでなのですが……」


 さらに言えば、もっと力があれば砦での戦闘は違う結果になっていたのでは、とも思うのです。

 そんなわたくしめの思いを汲み取ったのか、隊長殿は軽いため息とともに話します。


「もともと、あの砦は攻略が目的ではなかった。敵の力もの当たりにして、実情が知れただけでも大きな成果と言えるだろう。」


「我々、第十八分隊の次の任務は決まったのでありますか?」


 気持ちや雰囲気を切り替える為に話題を変えてみました。


「ああ。今後もまた、調査任務につくことになる。西方の森の調査報告書の出来が良かったのだ。そこで、君に頼みたいことがあってな。」


「ひょっとして、またフィオと一緒に仕事が出来るのでありますか!?」


 つい勢いよく訊いてしまい、マト分隊長殿がわずかに引きました。


「あ、ああ。あの錬金術師の少女、フィオナーレ君を連れてきてもらおうと思ったのだが……」


「了解でありますっ!ではさっそく話しを……」


 善は急げとばかりに、わたくしめは勇んで走り出します。


「待て、ベルファミーユ。まだ詳細は決まってはいない、君が休暇の時に声をかけてくれれば……」


 後ろから声をかけられますが、わたくしめはもう止まりませんでした。


    ψ


 その日、わたしは朝からずっと寝室で惰眠だみんむさぼっていた。


 樹海の調査依頼では数日、日中を歩き通しで探索をしたものだから、普段それほど動かさない躰が休息を求めているんだと思う。

 ……もともと研究や実験で時間を気にせず、不規則な生活を送りがちでもあったけど。


 ともかく、わたしは枕を抱きしめてモゾモゾと暖まった寝床の温もりを堪能する。


「……んん……気持ちいい……」


 絶対誰にも聴かれたくない声色がつい出てしまった。

 さすがは人の三大欲求の一つだけあって、ともなう快楽は計り知れない。

 睡眠の恒常性ホメオスタシスを維持し続けるのは、脳や躰の睡眠要求量と概日がいじつリズム※1依存する。

 ※1 体内時計のこと

 光や温度、食事など外界からの刺激によっても修正されるが、基本的に人は二十五時間ほどの周期で躰を整える、というものだ。


 この世界が一日二十四時間と決められたのは、宗教の円環的な時刻観によるもので、実は文化圏や宗教によって一日の始まりの時間は異なる。

 太陽、つまり日の入りや日の出によって始まりとしたり、その位置や高さに基づいて測られた。

 決まった時間に鐘の音が鳴り、一定の規則性と行動様式を定めたのだ。

 そして、機械式時計が制作されるようになると、天体とは切り離された人工的な時間概念が意識されるようになった……



 ――と、急速に睡魔が襲って意識が白く飲まれていく。


 そこに突然、ベッドに潜り込んできた侵入者がいた。

 横向きに寝ていたわたしに背後から抱きついて、躰をまさぐってくる。


「おはようございまぁす、フィオ!」


 元気よく挨拶しつつ、その手は執拗しつようにわたしの胸を揉んできた。


「あぁああ、もう!やめなさい、ベルっ!なんでわたしの躰に触れてくるのよ、あなたは!」


 急いで飛び起きて、シーツで躰を覆ってかばう。

 ベルファミーユはベッドに座って笑いながら向き合った。


「それはもう、フィオが可愛いからに決まってるであります。あ、着替えるなら手伝いますよ。さあ、遠慮なさらず!」


 怪しい手つきで近づく彼女をとがめる。


「……なんか、身の危険を感じるから部屋の外に出てなさい。怒るわよ!」


「そんなぁ、わたくしめの目の保養――もとい心の活力源を奪うと言うのでありますか……?」


 目に見えて悄気しょげ※2ベルファミーユだけど、わたしは騙されない。

 ※2 失望して元気をなくすこと

「ほらほら、そんなこと言っても無駄よ。大人しく居間で待ってなさい!」


 そうして、渋々と彼女は部屋の外へと向かうのだった。

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