醒覚

    Λ


 目を覚ました時、わたくしめは森の近くに停めた輸送車のそばで仰向けに寝かされていました。


 頭がふらつきながらも身を起こすと、マト分隊長に声をかけられます。


「気がついたようだな、ベルファミーユ。」


「隊長殿……わたくしめは生きているのですか。敵の神官や巨大な大蜘蛛は……」


 そこで、もう一つ大事なことを思い出します。


「そうでした!彼女は……フィオナーレは無事でありますか!?」


 そう叫ぶと、返事はわたくしめのすぐ後ろから聴こえてきました。


「うるさいわね……頭に響くから大きな声を出さないで。」


 振り向くと、女の子座りで背を丸めながら自分の躰を抱いているフィオナーレの姿があります。

 わたくしめはホッとしたと同時に嬉しくなり、気がつけば彼女に抱きついていました。


「フィオ、無事でなによりであります!一時はどうなるかと思ったでありますよ!」


やや仰け反りながらも受け止めてくれます。


「もう、恥ずかしいからやめなさい。心配してくれたのは嬉しいけれど……」


 ぎゅっと抱きしめて躰を預けていると、フィオナーレは衣服とコルセットを緩めていたのか、ずるずると彼女の服が下がっていきます。

 わたくしめの視界に白くふわふわの胸が露わになりました。


「ち、ちょっとベル!?ばか、離れなさい!服が脱げるからっ、ばかばかっヘンタイ!!」


「ふへへ。大丈夫ですよ、フィオ。わたくしめにしか見えていませんから。」


 頬を朱に染めて慌てるフィオナーレも最高でありますね!


「ああもう、そういう問題じゃ……ない!」


 その言葉と合わせて彼女の肘がわたくしめの頭に振り下ろされたのでした。


    ψ


 わたしはしつこく抱きついたベルファミーユを引き剥がす。


 羽織った上着で胸元を隠して、衣服を直しコルセットを締めた。

 周囲の騎士団員達はまだ座って休んでいるようで、今のやり取りを横目に見ていた。

 角度的にわたしの恥ずかしい姿は見られてないはずだ。


「それはともかく……一体あれは何だったの?あんな連中がいるとは聞いてなかったし、あの大きな怪物だって初めて見たわ。」


 問いかける相手はもちろん、第十八分隊のマト分隊長へ。

 彼は輸送車の荷台に座っていて、こちらに顔を向けた。


「……あの砦が宗教国家都市の、教団の隠れ家である確証を裏付けるための調査でもあった。第一次の報告では主導者の神官がいるとはわからなかった。」


 マト分隊長は眉間にシワを作って難しい表情になる。


「あの巨大な白い大蜘蛛は、奴らが戦闘で使役する戦略兵器の一つだ。俺も直接この目にするのは初めてだったがな。記録では十年前に巨大な白い巨像によって、王政国家都市南西部の街を爆弾でまるまる吹き飛ばされた。あれが宗教国家の民が信仰する神鎧アンヘルというものなのだろう。」


 わたしが王政国家都市に来たのは五年前だから、当時のことはよく知らない。

 十歳で中央部の街に訪れた時には、戦争の雰囲気はかなり薄れていたから。



 それにしても、何もないところから突然にあれだけの質量を持ったものが現れた事実に驚いた。

 どういう現象、原理なのだろう。

 わたしの錬金術に活用できるだろうか。

 ――いや、今はそういう話じゃない。


「また、あの砦に行くの?わたしには争い事はごめんだけど。」


「いや、砦には近づかない。しかし、国境周辺の樹海調査は継続するつもりだ。同行するかは君の判断に任せよう。」


 わたしは顎の下に手を添えて考える。

 正直、森の調査というだけなら割の良い報酬を貰えるのだ。

 ここで止める理由はない。

 きっちり仕事をこなせれば、次の機会も約束されるだろう。


「良いわ。このまま同行させて。せっかくここまで来たならちゃんと終わらせないとスッキリしないもの。」


 すると、隣にいたベルファミーユは笑顔で話しかけてくる。


「それでこそわたくしめのフィオナーレです!そう言ってくれると信じていたでありますよ!」


「わたしはあなたのでも何でもないから。」


 いちおう釘を刺しておく。


「わかった。それならもうしばらく休憩をとったら再開しよう。負傷者は手当てをして駐屯地の医療機関へ搬送だ。頭数は減るが逆に調査の都合はいいだろう。」


 そうして、わたし達は再び樹海の調査を始めたのだった――

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