接触

    Λ


 わたくしめは王立騎士団第十八分隊の仲間たち、そして錬金術師の友人フィオナーレとともに、樹海の奥深くに隠された砦を目視で確認した時でありました。



歩武ほぶを止めよ。王政国家、おごり高ぶる権力の走狗そうく達よ!」



 それは森の中でも響き渡るほどで、我々に言葉をかけられたのです。



「ここは我らが宗教国家の東部地区、俗界を離れた深山幽谷しんざんゆうこく、その聖域である。これ以上の侵入を断じてゆるしはしない!」



 周囲を確認すれども、声の主と思われる者は見当たりません。

 我々は警戒しながらも、砦を囲む塀の陰に隠れて様子をうかがいます。


「なに、この声。どこからこれだけの声量が出てくるのかしら。」


 パルチザンを構えるわたくしめのすぐ後ろでフィオナーレはいぶかしみました。


 やがて、砦前の広場に一人の女性が歩き出てきます。

 豪奢な神官服に身を包んだシスターで長身痩躯そうく、二メートル近い背の高さでした。

 腰には大型の散弾銃を下げています。


「我が名はヴァリスネリア。宗教国家都市の東部地区を管轄する序列二位の巫女神官!――私は神の代弁者であり、私の声は神の声である!」


 彼女は大仰に手を広げて言葉を発しました。

 その声から、先ほどの声の主で間違いなさそうであります。


「剣を持つものは皆、剣で滅びる。浅ましくもろう※1醜態を晒したくなければ、今すぐにこの砦から立ち去るが良い。」

 ※1 愚かでいやしいさま


「ここはやはり宗教国家のじろ※2ったか。とはいえ、このまま引き下がるわけにはいかない。撤退は敵勢力を見極めてからだ。」

 ※2 国境など戦略的な要所に築いた小規模な建造物

 第十八分隊のマト隊長殿の一声で仲間たちは動き出します。

 砦にひそんでいるだろう敵集団に気取けどられないよう、等間隔に離れました。


「隊長殿!突撃ならば一番槍であるわたくしめにお任せください、援護をお願いします!」


「いいだろう、ベルファミーユ。他の二人を支援射撃に回させる。自分のタイミングで動け。」


 わたくしめはパルチザンを持ち直し、手元で一回転させてから走り出しました。



 シスターの女性が立つ砦前の広場中央を避けて、回り込むように駆け抜けます。

 手近な外壁にたどり着くと、信徒たちと思われる武装した集団が飛び出してきました。


 すかさずパルチザンを振りかざして、近くにいた信徒の肩を貫きます。

 敵の装備は銃剣バヨネットを装着したライフル。

 けれど、接近戦であればわたくしめは絶対に負けません!


 殺してしまわないように腕や脚を狙って、敵の動きを封じていきます。

 徒党の仲間が生きていれば、誤射を恐れて狙いがにぶるかもしれないからであります。

 そして、わたくしめを援護する射撃が横から加えられました。


 敵集団は続々と現れていき、その数は百を超えるかもしれません。

 第十八分隊の仲間たちも自分の身を守ることに追われていました。

 さすがに分が悪く、物陰を利用してその場を離れます。

 フィオナーレは無事でありますでしょうか。


「我が憎き敵ながら、勇猛果敢かかんな闘争ぶりだ。ならばこそ、この私に相応しい相手とも言えようか。」


 いつの間にかわたくしめのすぐ後ろまで、神官を名乗るシスターの女性が歩み寄っていました。


    ψ


「もうっ!戦闘が始まるなんて本当に最悪だわ……!」


 わたしは杖を両手で握りしめて、マト分隊長のそばに隠れていた。


「こうなることは予測していたが、巻き込んでしまって悪いな。ある程度は人材を頼んだのだが、ベルファミーユの友人である君はしっかり守護まもらせてもらう。」


 そう言いつつも、隊長である彼は危なげなく次々と向かってくる信徒達をなぎ倒していく。

 苦しそうにうめく様子から、殺してはいないようだ。


 ……目の前で無惨に人が死んでいくのを見たくもないけども。


「そうだ、ベルは大丈夫かしら?真っ先に先陣を切って、怪我してないといいけれど……」


「今、彼女のもとへ向かっている。おれのそばを離れるなよ。」


 そう話をしているうちに、ベルファミーユの姿が見えた。

 彼女の近くには、ヴァリスネリアという敵のリーダーが立ち塞がっている。



 異様に背の高いシスターは手に持つ散弾銃を威嚇するように発射すると――

 まるで竜の吐いた焔の息さながらの火炎が十数メートルに渡って広がった。


 マグネシウムのペレットが詰め込まれた焼夷弾だろう。

 その迫力と轟音に驚いて身がちぢこまってしまう。


「ベルファミーユ、気をつけろ。ドラゴンブレス弾だ!」


 マト分隊長が叫んだ。

 長身痩躯そうくのシスターはこちらに振り向き、口を開く。


「驚かせてしまったかな。ならば……少しばかり静かにさせてもらうとしようか。」


 身構えるわたし達に対し、不敵に微笑わらう彼女は大きく両手を広げて、高らかに声を上げる。


「我らが聖なる教、主よりたまわった唯一無二の神威の力!――刮目せよ!我が神鎧アンヘル『バルトアンデルス』を!」


 途端に強い耳鳴りを感じ、気づくと彼女の後ろには十数メートルの異形の怪物が現れていた。

 パイプオルガンのような連装砲を背負った、腹部に人の顔を持つ白い大蜘蛛。


「さあ、開演の時だ。王政国家の愚者共、貴様らが井底せいていであることを思い知るがいい。静寂にたわむれよ!――『血算起動』!!」



 その瞬間、世界から音が消えた――

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