森の奥へ

    ψ


 わたし達は日中でも薄暗い樹海の中を探索していく。


 密集した太い樹木は、優に二十メートルは超えているだろう。

 森の中の気温は肌寒いけど、湿度は高くも低くもない穏やかな空気だ。



 植生の調査は森林――植物群落の構造から知らないといけない。

 まず、樹木の高さで五層に分けるのを基本にする。


 一層(林冠に達する高木層)

 二層(その下まで達する亜高木層)

 三層(数メートル以下の低木層)

 四層(五十センチ以下の草本層)

 五層(地面すれすれのコケ層)


 そして、わたしは下位層の三層と四層を調べ始めた。


 植物の種類や面積などの植被率、優占種を野帳に書き記していく。

 この辺りの層は羊歯シダ植物がやはり多い。

 広大な樹海は奥へ進むごとに周囲の環境が一気に変わることもある。

 見渡せる範囲である程度、進んでは立ち止まりを繰り返す。


 行軍(?)のさまたげになっていないか一抹の不安があるものの、みな黙々と周囲を警戒していた。

 わたしの隣について離れないベルファミーユを除いては。


「今日はちゃんとした絵を描いているのですね、フィオ。」


 横から覗き込みながら話しかけてくる彼女。


「これは錬金術の手稿じゃないもの。他の人に伝わらなければ意味がないでしょ?」


わたくしめは絵を描くのが苦手なので羨ましいです。フィオは空想のものも描けますし、画家でもやっていけるのではないですか?」


 ペンを走らせながら言葉を返した。


「それは難しいわ。画家は絵が上手いだけではダメだもの。あの世界では何よりが大事なのよ。サロンでパトロンや仲間内での繋がりがあって、貴族や王族の目に止まってこそ価値が生まれるの。」


 わたしは顔を上げ、野帳を閉じて歩き出す。

 木の根に足を取られそうになって、ベルファミーユが躰を支えてくれた。


「……ありがと、ベル。それに、周りの人間が仲間であって味方ではない状況は嫌だもの。仲間同士で評価して、けれど自分の作品を有名にしたい――という思いに囚われながら描き続けるのは。それなら、わたしは一人で研究にこもっていた方がマシね。」


 自分を取り巻く環境は賑やかで、しかし一人取り残される恐れに怯えてしがみつく孤独。


 これはおそらく、絵画に限っての話ではない。

 創作に携わる者達すべてが抱えるジレンマだった。


 それなら、わたしは世界から隔絶された研究者の孤独を選ぶ。



 地面に這う太い木の根や倒木を跨いで進んでいく。

 鳥のさえずりは聴こえてくるが、動物の姿は見かけない。

 この辺りは樹海の中ほどだろうか。


 起伏の激しい道中で、急斜面や洞窟らしきものも散見するようになってくる。

 やがて、石造りの崩れた塀や小道などの、明らかな人工物が現れた。


「もうそろそろで、もう一つの調査目的である古い砦が見えてきますよ。気をつけてくださいね。」


 ベルファミーユは顔を引き締めて注意を促し、わたしの前に歩き出ていった。


    ♢


 石造りの隠された砦、その上部には数十人が収容出来る広大な空間があった。

 その奥には厳かに祀られた祭壇と聖書台が設置され、私は一人で祈りを捧げていた。


 背後から控えめに声がかけられる。


「二位巫女神官様、ご報告です。我らの砦に近づいてくる武装集団の姿を確認いたしました。王政国家の軍人、その一分隊だと思われます。」


 私に仕える直属の補佐官のシスターだ。

 祈りを中断して瞳を開く。


「宗教国家の聖なる教、崇高なる教義ドグマを解せぬ愚かな亡者どもが。りずに我が神聖な領域へと踏み込むとはな。新たな侵略の為の足掛かりにするつもりか。」


「いかがなされますか?」


 ゆっくりと振り返り、ひざまずく彼女へ告げる。


「良かろう、私が直々に無知むち蒙昧もうまいな異教徒達へ神罰を下してやる。信徒を集めよ!」


 そして、私は祭壇の傍に掛かる特別に組み上げた散弾銃を手に取るのだった。

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