第二十一話 おまじない
(あのときの黒虎…!)
四季殿の近くで花音を襲った巨大な獣だ。
闇色の縞模様が入った漆黒の身体。
雲母医師の声が、ゆっくりと、歌うように響く。
「正統なる神の御遣い、
黒虎の顎が大きく開き、咆哮が宙を震わせた。
そのまま花音へ躍りかかってくる。
(喰われる!!)
恐怖に突き動かされ、花音は反射的に叫んだ。
臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前
声にはならないが叫び、身体は動いていないが心の中で
「死んだ母さんが教えてくれたおまじないなんだ。よく効くんだよ」
幼い頃、そう言って父が教えてくれたおなじないだ。
朦朧とする意識の中、父の微笑みが浮かぶ。
会うこともなく亡くなったはずの母の――そう、あれは母だ――の、後ろ姿が、脳裏に浮かぶ。
「おまじないよ。こう唱えるの。りん、びょう、とう、しゃ……」
柔らかい声が言う。
花音は、ありったけの力を振り絞り、動かない身体を動かし、出ない声で叫んだ。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!!」
はっきりと、自分の声が辺りに響く。
花音の手は、身体の前ですばやく手印をきっていた。
瞬間、変化があった。
黒虎が何かに跳ね飛ばされたかのように、もんどりうって転がった。
怒ったような咆哮が轟く。
それを見て、雲母医師の顔が歪んだ。
『なんということじゃ……!忌々しい、古の巫女が――』
「花音!!」
ふいに弾けるような音がして、世界が色と音を取り戻した。
「あ、あれ……?」
そこは古風で品の良い部屋だ。
いつの間にか窓が開け放たれ、一陣の風が吹き去ったように硝子戸が揺れ動いている。
部屋に入ったときに感じたあの独特の香りは、しなかった。
振り返って、花音はぎょっとした。
「な、なんでここに?!」
血相を変えたコウが、肩で息をして立っていた。
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