第十六話 呪いの理由

「花音、この者に見覚えは?」

 藍悠皇子に聞かれ、花音はもう一度少女の顔を見た。

「いえ……存じ上げない方です。今、初めてお会いしました」


 ふいに、少女が顔を上げた。


「!」


 花音は声を上げそうになった。

 少女の双眸が、黄色に光っていたからだ。

 まるで、獣のような目。


「ユルサナイ……オマエヲノロッテヤル」

 唸るような声。とてもこんな可憐な少女から発せられる声とは思えない。

 少女は苦しそうに喘いでいる。


「何かが憑りついていると思われます。いかがなさいますか、藍悠様」

 飛燕は少女が暴れないように、縄を締めあげた。

 そんなことをしなくても大丈夫なんじゃないかと思うくらい、少女は苦しそうにしている。


 藍悠皇子が何か言う前に、花音は思わず聞いていた。

「どうしてあたしを呪うの?」


 少女がぎら、と花音を睨んだとき、飛燕の後ろから訪いが入った。


「あのー…お取込み中でしょうか」


 緑色の真面目そうな官服を着た少年――陸健誠が立っていた。


「あれ?君は確か、凛冬殿の」

 陸健誠が言いかけた途端、飛燕に繋がれていた少女が悲鳴を上げた。

「!」

 暴れ泣き叫ぶ少女を飛燕は必死に押さえつけようとした。

「飛燕さん!待って落ち着いて!女の子だから!」

 飛燕のねじ伏せように思わず花音は駆け寄ったが、少女の前で思わず立ちすくんでしまった。


 床にねじ伏せられた少女はぎり、と歯を食いしばっている。


 その歯は――まるで肉食獣のような牙だ。


「口惜しや…愛しい御方にこのような姿を見られるとは」


 いうやいなや、少女は凄まじい唸り声をあげて飛燕を跳ね飛ばし、外へ飛び出した。

 跳ね飛ばされた飛燕はすぐさま体勢を立て直し「追います」と出ていった。


 皆、その場に呆然を立ちつくす。

「愛しい御方って…」


 花音は口をあんぐり開けたままつっ立っている陸健誠を見やる。


「あの、陸殿?あの少女とはお知り合い?」

「え?ああ、知り合いというか…彼女は凛冬殿に仕える女官で、僕が凛冬殿に講義へ行く時によく取り次ぎをしてくれる方です」


「なるほど……あの少女は、そなたを恋慕っているのだろうな。で、そなたは、花音を慕っているのか?」


 不機嫌そうに言い放った人物を見て、陸健誠は眼鏡から飛び出さんばかりに目を見開き、即座に叩頭した。

「皇子殿下におかれましては…すぐに気付かず、御無礼を平に御容赦くださいませ」

「そんなことはどうでもいい」

 藍悠皇子はつかつかと歩み寄ると、花音の肩を抱き寄せた。


「そなたは確か、陸健誠。昨年の官吏登用試験で首席だった者だな。神童と言われ、龍泉の都にもその名が届いていたという」

「お、畏れ多き事にございますっ」


「花音を慕うということは、この僕と争うことだと思え。では、仕事に励め。花音、僕も飛燕を追う。事の顛末を確かめて後で報告するよ。だから安心して」


(きゃーっ、な、なにしてるんですか藍悠皇子?!)


 花音の額に軽く口づけをして、藍悠皇子は颯爽と去っていった。


「そ、そんな…殿下の御手付きだったんですか、白尚官」

 陸健誠は半泣きしているが、花音はそれどころではない。突然到来したモテ期に目を白黒させるばかりだ。


 その様子を見て、伯言は深々と溜息を吐いた。

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