第十話 柊

 東宮へ着くと、先日とは違う応接間に案内された。


「す、すごい……」


 黒い柱に白い壁という基調は同じだが、置いてある家具が飴色の木材のものが多い。大理石の大きな卓子が置いてあった藍悠皇子の応接室とは趣がまったく違った。

 異国渡りの品なのか、見たこともないような色彩の壺や絵画などが珍しく、目に鮮やかだ。

 部屋は主の性質を物語るという。

(コウが好きそうな賑やかな部屋だわ)

 自然と笑みがこぼれる。と同時に、藍悠皇子の落ち着いた雰囲気の応接間を思い出して苦笑した。

(部屋だけを見ても、あまり気の合いそうな二人じゃないわね)

 藤棚で顔を合わせたときの二人の様子は、相当ぴりぴりしていた。

 一触即発――そんな言葉がぴったりな。

 藍悠皇子は一見落ち着いて対処しているように見えたが、底の方に不穏な感情の渦があるように花音には感じられた――。


「おう、待たせたな」


 快活な声にハッと顔を上げると、コウが入ってきた。慌てて椅子から降りて揖礼する。思わずそうしたのは、コウが比較的「きちんとした」格好をしていたのと、コウの後ろから人が付いてきたからだ。

「なんだよ、改まって。ここにはオレたちしかいない。いつも通りにしろよ。調子狂うわ」

 拗ねたようなコウの言葉に顔を上げると、コウの背後に立っている人物と目があった。


 おそろしく美しい女性だ。


 薄い青色の髪の毛をかなり短く刈り込み、ぴったりとした黒装束に全身包まれている。それでも女性だとわかるのは、まつ毛の濃い切れ長の双眸に人形のように端整な顔立ち、そして思わず見惚れてしまう胸と腰の曲線美からだ。


 しかし、どことなく研ぎ澄まされた刃のような冷たく鋭い雰囲気を持っている。

 今も、見つめられるだけで花音は蛇に睨まれたカエルのように動けなくなってしまった。


 花音の視線の行き場に気付いたのか、コウがああ、と言ってその女性を振り返った。

「花音は初めてだな」

 コウは後ろを振り返り、女性を紹介した。

「これは俺の護衛で、柊という。仕事柄そばにいたりもするが、気にしないでくれ」

(気にしないでくれって言われても…)

 気にしないではいられない威圧感である。

「柊と申します。皇子殿下の護衛ゆえ、お側にあることをお許しください」

 丁寧に頭を下げられたが、逆に恐縮してしまう。

「喉渇いたな。己の保身しか頭にないジジイ共と話しすんのは疲れる」

「紅荘様」

「ああはいはい、言葉遣いには気を付けないとな。さっきのジジイ共が入り込ませた間諜がうようよしてるしな」

「…紅荘様」

「わかってるって。つうか、お前がここにいるのに、この部屋の話が漏れるってことはないだろ。怪しい奴がいたら、お前が気付かないわけないもんな?」

「それは、そうですが」

「なら説教はいらないから、茶の支度してくれ」

「…かしこまりました」

 柊は隣の部屋へ入っていった。

「コウって、人をやりこめるのが上手いよね」

 護衛とはいえ、あんな厳しそうな人を黙らせるとは。

「失礼だな。それを言うなら『頭いい』って言ってくれ」

「呆れた。ふつう自分で言う?」

「本当のことだからな」

 コウはニヤッとして手を差し出した。

「で、もしかして持ってきてくれたのか?本」

 花音は抱えていた平包を丁寧に開き、コウに渡す。

「確かにお持ちしましたから。ではあたしはこれで」

 花音は立とうとしたが、手をつかまれた。

「まあまあ。茶でも飲んでいけって」

「そんな暇は――」

「あの腹黒ヤロウとは花見すんのに、オレとは茶を飲めないのかよ」

 見上げてくる双眸は、藍悠皇子と同じ紫瞳。

 それなのに、コウにじっと見られると、胸がきゅう、と締めつけられるように苦しくなる。

 花音は慌てて目を逸らした。

「そ、そんなことは」

「じゃあ飲んでけ。柊の淹れた茶は美味いぞ」

 ちょうど隣の部屋から漂ってきた芳香にも負けて、花音は仕方なく座る。

「心配すんな。華月堂まで送ってやる。で、伯言に言い訳してやるから」

「い、いらないわよっ」

 とは言ったものの、内心ホッとした。

(なんであたしホッとしてるの)

 伯言に言い訳してもらえるからだろうか。

 極上の茶が飲めるからだろうか。


 コウと、話ができるからだろうか。


(な、なななにそれっ)

 自分で自分にツッコんでいると、コウが覗き込んできた。

「どうしたんだよ。一人で顔赤くして。便所か?我慢しなくていいぞ。おーい柊!」

「違うってばっ」

 慌ててコウの袖をつかんで、慌てて手を引っ込める。

「?」

「いや、だからその…」

 焦っているのにまったく頭が回転しない。花音は懐に入れた手がたまたまつかんだものを取り出し、そうだ!!と叫んだ。

「なんだよ、急に」

「ね、これ、なんだかわかる?」

 小さい紙片――例の西虎国の護符である――をコウに渡した。

 教養はもちろんだが雑学も豊富なコウなら、知っているかもしれない。

 コウはそれを手に取り、眉を寄せる。

「うーん、なんか見たことあるような……」

「見たことあるの?どこで?」

「実際に見たのは初めてだよ。こういう紋章を何かの本で見た。でも…」

「でも?なに?」

 珍しくコウが真剣な顔をしたので思わず聞くと、コウは護符を飴色の卓士の上に置いて睨んだ。

「ガキの頃の記憶だから確かじゃないが…呪殺の本だったと思う」

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