其之二 『五国正史』

序 きみおもふ

 それは、突然の出来事だった。


 冬の寒さと春の温かさ、両方を含んだ風をきって、彼女は走り抜けていった。


 子猫のような、大きな翠色の双眸。

 ふっくらとした頬やきゅっと端の上がった桜色の唇。

 透けるような白い頬は桃色に上気して。

 細く白い足は春の陽射しを輝き弾いて。


 そう、まるで天女のようだった。


 彼女は一瞬で通り過ぎていったが、時が止まったかのように彼女の姿が脳裏にしっかりと焼き付いている。


 何をしていても、あの時の光景がよぎり、自分は頭がおかしくなったのではないかとすら思う。


 ああ、彼女のことが忘れられない。彼女のことが知りたい。


 せめて、彼女の名だけでも――

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