第8話 虚しさの11月

8-1

 本格的に色づいた木々を横目に、人々の服装は一枚羽織るそれになっていた。生徒たちも上着を着ないでいるのは、体育の授業終わりくらいだろう。

 そう言っている間にどんどんと寒くなっていき、やがてコートの出番がやってくる。秋はどこへ行った――? という具合だ。

 世間ではこの間まで、連日ハロウィンで賑わっていた。終わった途端に、あちらこちらでクリスマスの準備が始まっているのだから、なんとも忙しいものだ。

 生徒たちは、またのんびりと過ごしている。中間テストも終わって、来月初めの期末テストまでは試験もないためだろう。彼もそうだった。

 もう少し寒くなるまでは、変わらずこの桜の木が二人の時間を過ごす場所だ。今日も今日とて、彼はここへ来ている。

 この時間は、私たちにとってかけがえのないもの――それを苦痛に思う日が来ようとは、つい先日まで考えもしなかった。

「でさ、その時――」

「レオくん」

 放課後。いつものように話をする彼の隣で、私は沈鬱な表情を浮かべていた。

 彼は、私の方など一切見ずに、ずっと話し続けている。ただただ、一方的に。だから、彼の話を遮った。これ以上、聞いていられなかったからだ。

 一見、いつも通りの日常。桜の木の下で、二人並んで一緒に過ごす時間。

 それなのに、ただ一つ――彼の様子だけが、おかしい。

 どこか上の空のような、乾いた笑みを浮かべながら、ただただ話し続ける。その姿は、まるで私に何も話させまいとするかのように、隙をまったく与えてはくれない。

 これは、会話じゃない。独り言だ。まるで、ここには私など存在しないかのような、独白。

 だから、無理矢理に割り込んだ。この状況は、今日だけではない。ここ数日、ずっとそうだ。

 隣にいるのに、壁がある。見えているのに、無視をされているかのよう――存在を、否定されているかのような、そんな感覚。

 そう思うと、辛かった。だけど、もっとわからないのは、彼自身が苦しそうだということ。

 私たちは、いったい何をしているの――?

「ねえ、楽しい?」

「……ごめん、面白くなかった? じゃあ、違う話をしよ――」

「――そうじゃない! ……そうじゃないから、もう、止めて……」

 どうして、こうなったのだろうか――その答えの半分を、私は持っていた。

 あの日からだ。私がお願いをした、その後からおかしい。過去を調べたいと言った。それが、どうやら彼を苛んでいる。

 だが、彼は本心を隠している。言った通り、手伝ってくれているのだ。表面上は。

 普段は、一緒に校舎内やこの学校の敷地内を歩き回り、記憶に引っ掛かるものがないか探したり、ヒントになるようなことがないか、二人でいろんな会話をして過ごした。そして休日には、彼が学外で何か手掛かりがないか探すと言ってくれた。自分からだ。

 もう十年だ。簡単に見つかるわけはないと思っていたし、休みの日にまで拘束しているようで、申し訳ないとも思っていた。

 けれど、最近だ。違和感が、確信に変わったのは。彼の行動が、フリだったことに気付いたのは。

 彼の月曜日の口癖は、「ごめん、また何も見つけられなかった」になった。

 最近は、開口一番にそれだ。それに、私の目を見ない。挙句の果てにすぐ話題を変え、ずっと一人で話し続けるという有様。

 こんなことは、意味がない。不毛だ。このまま続けるというのか? そんなの拷問だ。

 だから、止めた。彼が、いつまでもその拷問を続けようとするから。

 生憎、私はマゾヒストではないのだ。御免こうむる。

 だいたい、何故嘘を吐くのか。嫌なら、そう言えばいいのに。どうして、そうしない?

 考えれば考えるほど、意味がわからない。いったい、何を考えているの?

 私は、本気で過去を取り戻したいのに。それなのに、こうして彼に適当に扱われている。辛い思いをさせられて、前にも進めなくて。焦りばかりが込み上げた。

「もう、止めよう……これ以上、君の嘘を見ていられない」

「嘘?」

「しらばくれるの? 乗り気じゃないのに、無理に付き合ってもらいたくなんてないんですけど」

「……何のこと? 急に、何の話?」

 白々しい。わかっているくせに――ふつふつと沸いたそれは、怒りだった。彼の態度もイライラしているもので、それが余計に私を苛立たせた。

「わからないの? へえ、そうなんだ」

「さっきから何。言いたいことがあるなら、はっきり言って?」

「はあ? だから、言っているでしょ」

「言ってない!」

「言った! 聞いてなかったんじゃないの? 嘘吐くのに必死でさ」

「誰が、いつ嘘を吐いたって?」

「ずっとよ。ずっとでしょう? 私が気付いていないとでも思っていたの?」

 そして私は、感情のままにその言葉を吐き捨てた。


「最初から、嘘ばっかりのくせに!」


「――っ……」

「え……」

 やっと彼と目が合ったというのに、私は後悔した。こんな顔をさせるつもりじゃなかったのに……。

「あ……」

 しまったと思ったのは、彼の傷付いた顔を見たから。

 気持ちが急激に冷えていったのは、頭の中にどうしてが溢れかえったから。

 その場から動けなかったのは、彼が無言でそのまま自転車を漕いで帰ってしまったから。

「な、何よ……何なのよ!」

 だってそうでしょ。私は間違ってない。君はずっと嘘ばっかり。

 自分から擦り寄ってくるくせに、大事なところは擦り抜けていく。

 掴めそうで、掴めない。

 ワガママな本音ばかりをぶつけてきたかと思えば、急に聞き分けよく引き下がる。

「わからない……君が、わからないよ……」

 こんなにも一緒にいるのに、知るのはわからないということばかり。

 わかるのは、嘘を吐いているということだけ。

「いったい、何を考えているの?」

 晴れ渡る空が、まるで私を責めているようだった。

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