本当の家族

月乃兎姫

本当の家族

 私には家族と呼べるものが最初から居なかった。物心付いたときには、児童養護施設にいた。まるで初めからそこが我が家のように、たくさんの兄弟姉妹がいたが、本当の家族だけはそこに居なかった。それから十数年の月が経ったが、相も変わらず私の家には誰もおらず、孤独だけが私の同居人である。


 ただ毎日を夢も希望もなく惰性で生き、過ごすだけの日々。【幸せ】と呼ぶには程遠い、何の意味も無い毎日。明日を生きるためではなく、今日その日一日をどうにかやり過ごす。ただそれだけが人生の目的のように何も考えず、ひたすら働くことで孤独という同居人から逃げることしかできなかった。


 私には家族という言葉の意味も、そこから与えてくれる温かさも知らない。互いに顔を突き合わせ、何気ない話をして喜びを分かち合い、共に些細なことで笑ったり悲しむことを知らない。そんな自分は人としての感情が無いとさえ思ったこともある。


 誕生日、クリスマス、お正月、そうした特別と思える日が嫌いでしかたなかった。なんせ私の隣には誰も居ないのだ。むしろ自分が孤独であることを世間から嘲笑われているようにさえ思ってしまうほどだった。

 そんな私でさえも、年末だけは違っていた。何か年の最後くらいはイベントらしいことをしよう……そうして思い至ったのが【年越しそば】である。


 年越しそばといえば聞こえがいいが、実際に自分で出汁を取り蕎麦を茹でたことは一度も無い。なんせ現代の社会では、湯を注ぎ数分待てば、誰でも手軽に年越しそばが楽しめる。

 去年も私は【緑のたぬき】を年越しそばとして一人で食べ、その年を締めくくった。


 だがそれも今年は違っていた。いつものただ広いだけのテーブルには、真向いにもう一つの緑のたぬきが置かれている。湯が注がれ少し顔を覗かせている蓋の隙間からは、零れ湯気が漏れていた。

 握られた手から伝わる熱は、凍えるほど冷え切った私の心に小さな温かさを齎してくれる。人として、また家族としての温かさ。本当の家族がそこに居たのだ。


 来年、このテーブルにはもう一つ緑のたぬきが置かれていることだろう。

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