第22話 最後の会話
劇が終わり、フラフラになりながら舞台裏へたどり着くと消耗した体をソファに預ける。
今更ながら疲労を自覚してきたようだ。
あれだ、時間を忘れてゲームをした後にどっと疲れが訪れるあの感覚に似てる。
それくらい集中してたってことなんだろう。
……例えが悪かったかもしれない。
「おつかれもがみん、よくのりきったね」
「……陽葵先輩」
そんなぐったりした俺に声をかけてきたのは陽葵先輩だ。
「どうでした? 俺の劇はうまくいきましたかね?」
「うん、すごくよかった」
「……そうですか」
「うんうん、わたしもそう思う」
劇の衣装、陸上のユニフォームのままの綾芽もいつの間にかいたようだ。
「綾芽もお疲れ様。ありがとな、主役をやってくれて」
「うぅん。晴君の演技がよかったから、すっごく頼りになったよ」
そんな二人の言葉を聞いて安心したからだろうか、だんだんと瞼が重くなってくる。
「ハルー! お疲れ様っす! 自分観客席から見てたんですけど……って、お疲れの様子っすね」
「ごめん、こんな格好で」
「いえいえ、感想はまた後で言いますね」
「そうしてもらえると助かる……」
観てくれた人の反応も気になったが、今すぐ立ち上がる元気はない。
そのまま目を閉じると、眠気が襲ってくる。
あ、やばい本格的に意識が飛びそう……。
「……演技。上手だった」
あれ、今のは、誰が言ったんだ?
※※※※
真っ白な空間。
そこに俺は一人。
…………じゃなかった。俺以外に、信長がいる。
信長は、胡坐をかいて何をするでもなく、ぼーっと一点を見つめていた。
「ああ、後輩か」
「ああって。お前はここで何やってるんだよ」
「まあほれ、座れ」
ぽんぽんと、信長は隣を叩く。素直に従い、腰を下ろす。
いつまで経っても信長は黙ったままだった。
「……ありがとな、信長。俺の力になってくれて」
「儂はお主の想いを伝えるために生まれたんだ、礼を言われることでもない」
「そっか……」
いつもは饒舌な信長が、今日はやけに静かだ。
だからだろう、なんか調子が狂ってしまう。
「なあ、俺は想いを届けることはできたかな?」
「さあ、どうじゃろうな。それは儂にもわからぬ。じゃが、お主が本気ならば、その熱は否応なく伝わるものじゃよ」
「そういう、もんか」
そこで唐突に信長は、腿に手のひらを打ち付けて、
「よしっ! それじゃあお主には、次なる目標でも宣言してもらおうかのぅ」
「は?! なんでそうなる?!」
唐突な話題替えに目を剝く。
「だってお主、まぁーた目指す先を見失って、うじうじしてそうじゃし」
「そんなわけないだろ?! 俺は今回の経験でかなりレベルアップしたんだ、進化したっておかしくない」
「ほーう? ならば胸に手を当ててもう一度その言葉、いうてみぃ?」
「はぁ? んなの簡単に――」
そして思い出す、言い訳ばかりの日々。
うまくいかなくて、何かと理由をつけて先送りにして、ゲームして、動画見て、飯食って風呂入って寝ていた自堕落な生活。
「い、える、にきまって。…………きまって」
「うははっ、じゃろう?」
「…………」
これ以上にない信長の満面な笑みにイラッとする。
「それにお主は自分のために本気になったことはないじゃろうに」
「……どういうことだよ」
「お主は本気なるきっかけをいつも他人からもらってばかりではないか」
「あっ……」
劇の脚本を完成させることができたのは、隅田さんの力になりたいという想いがあったから。
それに、脚本を創ると決心した時だって、途中で投げ出さず続けられたのも、みんなのおかげだ。
俺は結局、頑張る理由をもらっていただけだ。
夢中になって本気になるような好きなものを自分の力で見つけたわけではない。
「今一度お主に問おう。お主のやりたいことはなんじゃ?」
信長はじっと俺の目を見つめてくる。
その場しのぎの嘘や誤魔化しを許さない、そんな視線だった。
「そんな事言われたって、急に決められないよ」
だが、その真剣な目に見合うような答えは持ち合わせていない。
「信長のいう通りだよ。俺はまだ好きなことを見つけられてない」
だって俺は、それをずっと探していたんだから。
そう簡単に見つかるわけなんてなかった。
もしかしたら、一生かかっても見つけられないのかもしれない。
「ふんっ、難しく考えるでない。お主がやりたいことなんぞ、お主が決めればよい」
「んなこと言ったって」
「ほーれほれ、じゅーう、きゅーう」
「カウントダウン?!」
俺は、最近起こったことを思い出していく。脚本も書いた。合宿にも行った。なんかいろいろ大変だった。そんな経験を通して、俺が見つけたこと、それはいつも心の中にあった動機の根源。
信長を生み出してまでも為したかったこと。
それは――
「さーん、にーい、いー――」
「と、とりあえずっ! 隅田さんとお近づきになる!」
俺の言葉に、ぽかーんと呆ける信長。
「……え?」
「……ん?」
「いや、儂はてっきり役者のことをいうと思ったのじゃが……。そうかそうか」
「うわあああ! 今のなしなし! 撤回だ!」
そんな慌てる俺を見て、
「……くくっ、うははははっ! なんじゃそりゃあ」
「だから違うって言ってるだろ!」
とても愉快そうに大きな声で笑う信長。
くそぉ、何を血迷って俺はこんな不純でアホ丸だしなことを言ったんだ。
ここは、役者を目指すって言うほうが格好ついただろうに。
これじゃあ笑われたって仕方がないじゃないか。
「なにを恥じる? でっかい夢ではないか、うははっ!」
「……バカにしやがって」
「じゃが、それもお主の野望の一つなんじゃろう野望が一つだけでなければいけない、ということもあるまい」
「野望って……」
「じゃが、お主のことを誰よりも知っておろう儂が、お主の野望を一言で言い表せることができる」
「なんだと? 俺のこの今のエネルギッシュで、アグレッシブで、ポッシブルなこの湧きたつ情熱を一言で言い表せるなんてそんな言葉――」
「青春、じゃな」
「…………」
一言で言い表されてしまった。
自分のなかですごくしっくりきてしまった。
……うん、やっぱり全部青春って言葉がぴったりだ。
そっか、俺は青春がしたかったのか。
※※※※
「そろそろかのう」
「え?」
「お主とこうして愉快なおしゃべりを続けるのもわるくないのじゃがな」
「……何が言いたい?」
信長は何も答えてくれない。そして、その信長が言わなかった答えは、本当は知っていた。
だから、無駄なあがきをしてしまう。
「そうだ! まだ、ゲームの勝負ついてなかっただろ。二十九戦二十敗だからな。勝ち逃げなんて許さないぞ、信長!」
「ははっ、残念じゃが、勝ち逃げするのは、さいっこうに気持ちがよい」
「じゃあ、あの、えっーと……。しりとりしよーぜ!」
「お主の会話レパートリーの少なさに、儂泣きそう」
「うるさい! 信長が消えようとするのが悪いんだ! 俺はまだ信長に……」
教えてもらいたいことがたくさんあるのに。まだなんにもわかっていない。
「せっかくの儂の見せ場じゃ。台無しにしてくれるなよ? 後輩」
「なんだよ、その言い方。見せ場とかそういうのはどうでもいいだろ?!」
「なにを言うか、儂にとってそれは一番重要なことじゃよ。儂はそのために生まれてきた」
「――っ!」
「ほんの一時だけ注目を集めたら、あとは去るのみじゃ」
その言葉は、俺と信長に越えらない一線、大きな壁を意識させられた。
本当は、舞台が終わったら信長はいなくなくなるはずなのだ。
だとしたら、今この瞬間は、ボーナスタイム。すぐに終わる。
なら、俺が言うべきは……。
「あのさ、信長」
「なんじゃ」
俺は口元に笑みを浮かべながら、拳を握りしめて信長の前に突き出す。
「じゃあな! お前がいなくなって清々するぜ!」
そんな憎まれ口に、信長に対する俺の気持ちを込める。
信長にはこの言い方が一番だろう。
「うははっ、それはよい」
そこに信長が拳を、こつんと中ててくる。
「いい青春をしろよ、後輩」
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