幕間3 それぞれの想い


「……すごい」


 舞台の上のハルを見て、思わず息をのむ。


 舞台の上のハルは、自分の知っているハルではなかった。

 ずっしりと響く声も、きりりとした顔つきも、一挙手一投足まで普段のハルからは想像もつかないほどかけ離れていて。


 ハル脚本の中から織田信長が飛び出してきたかのようだった。


 そして、舞台の上に現れた信長はその全てを使ってハルの想いを届けてくる。


 ハルの脚本は、最初はどこに向かっていいかわからないまま右往左往だけだった。  

 でも合宿の後に見せてくれた脚本には、そんな迷いは全くみられなかった。

 ハルの脚本には、ちゃんとハルがそこにいた。


 そして今、文字でしかなかった、キャラクターが、セリフが、想いが、ハルが脚本に込めた全てが、形となっていく。

 

 「すごいっすよハル……!」


 その過程をまざまざと見せつけられたら、演劇の可能性を感じずにはいられなかった。

 期待と興奮で、自分の胸は高まっていく。



 ◇



 舞台袖から、もがみんの姿を覗き見る。

 わたしにとって、初めてできた後輩。


 どう接すればいいかわからなくて、素直になれなくて、いつも空回り。

 今回も、私のわがままにもがみんを付き合わせちゃった。


 もがみんの力になりたい、ってのは建前で。

 わたしがもがみんから勇気を欲しかっただけなんだ。


 マロンなら、わたしの本心を包み隠さずいえるのになぁ。


 でもたまに、陽葵先輩ともがみんの関係も悪くないかもなんて思ってしまう。


 わたしがからかっても、もがみんは遠慮とかせず、嫌なことは嫌って言ってくれる。

 嘘や誤魔化しで取り繕わないで、わたしに誠実に向き合ってくれる。

 そんないつものやり取りが心地いい。


 舞台にいる、もがみんへ向けて。

 ここからだと言葉が届かないと知ってるから、安心して言える。



「ありがとう、もがみん」



 いつの日か陽葵として、伝えられたらいいな。





 主役なんてわたしらくない。なんて、自分が一番そう思ってたり。

 でも、カエデ役は誰にも譲りたくはなかった。晴君の脚本を見た瞬間、いてもたってもいられなかった。


 だって、私の心はカエデに共感して、信長の言葉に動かされた。


 まるで晴君が応援してくれている、なんて思っちゃったり。


 練習も大変だった。セリフを間違えないようにするのが手一杯。

 でもやってよかったと思う。


 こうして、晴君と一緒に二人で舞台に立ててよかったと思える。

 

 晴君の隣は、誰にも譲りたくない。



 ◇



 そして、物語は終盤。

 

 信長はカエデへと語りかける。



『わたし、走るのを止めなくていいのかな?』


『うむ、お主が思う通りにすればよい』


『意味なんてないのかもしれない、走りたい理由なんて、大したものなんてない、それでもいいのかな?』


 隣にいる少女、憧れの人に向かって。


『何を言う、お主はそれが好きなのじゃろう?』


『うん。でも、それだけ……』


『それだけでよい、単純なことじゃ。好きだからやりたい。それの何が間違っておる』


『そう、なのかな?』


『うむ、そうじゃ。それに、なにより……』



 届けたい想いをセリフに託して。



『何にもとらわれず好きなことをして、まっすぐ前を向いて輝いているお主の事が、何よりも好きなんじゃから』



 そんな歯の浮くような恥ずかしい言葉も、舞台の上でなら堂々と言えた。

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