第7話 Vtuber
茜ちゃんを部屋に送り届けた後、俺は脚本作業に取り掛かかる。
そして、PCを目の前に脚本の構想を悩んでいると。
「後輩よ、何故あの脚本を見せなかった?」
「うわ! でた!」
不服そうな顔で俺を見つめてくるのは、信長だ。
やはり見た目は昨日と同様、隅田さんのままだ。
違いとしては、今日はちゃんと服を着ているってところだ。
まあ、和服を着崩し、胸にはサラシと、なかなかワイルドな格好だが。
「まずそのワンパターンな反応をどうにかせい」
「リアクションにケチ付けられても……」
いや、その顔をしたいのはこっちだっての。
どうして、またお前にまたこうして顔を付き合え合わせなければならないんだ。
それに、信長がいるってことは、また俺はいつの間にか眠ってしまった、ってことか?
だが、そもそも、これが夢って確証はないんだが。
まあなんにせよ、また、昨日と同じ状況になったって事実は、覆らない。
俺は信長に聞こえるくらいに大きな溜息をつく。
本当は二度会いたくなかったけど。
「お前とはどうせまた、こうして顔を突き合わせるだろうって予感はしてたんだよ」
「儂もじゃ、気が合うのぅ」
「そこでだ、お前に聞きたいことがある」
「儂もじゃ! ますます気が合うではないか後輩!」
「…………」
少なくとも、俺たちの息は合ってねーよ。
一人で興奮している信長に若干のイラつきを感じつつ、話を進める。
「よーしわかった。まずは俺が質問する」
「うむよかろう、許す」
「……あの脚本はなんなんだよ、お前の仕業か?」
「あの脚本というと、儂と後輩の歓談が書き記された、あれのことか?」
「そうだよ、それそれ」
俺と信長で若干の認識の齟齬があるようだが、いちいち突っ込んでいたら話が進まない。
細かいところは一旦無視だ。
「いやいや、それはお主が自分で生み出したものじゃろう」
「はんっ、じゃあなにか? 俺はこの脚本を自分で書いて、それを認識していないってことか?」
「うむ、そうじゃろう」
「……やっぱ、そうなん?」
なんとなくそうだとは思っていたけれど、いまいち実感が持てない。
だって、記憶がないのだもの。
「もしや後輩、何もしないで出来上がってたー、なんてそんな妄想じみたこと考えておるのか? そういう想像力は、作り手として財産かもしれんがのぅ。そろそろ、卒業した方が良いと儂は思うぞ?」
「…………」
いろんな意味で信長には言われたくはなかった。
でもまあ、俺が自分で書いたってしか、説明がつかないのは事実。というかそれしかないとは、心のどこかで思っていた。
「じゃあ、だったら、お前の存在はなんなんだよ」
もしこれが、夢じゃないとしたら。
信長は俺の妄想。
そして、信長を元に脚本を書いているのだから。
それじゃあまるで、信長は、この脚本の登場人物ってことじゃ……。
「うむ、まさしくそうじゃが?」
「当たり前のように心を読むなよ」
「いや、儂がお主が考えた存在なのだから、不思議なことはないじゃろう」
「それは、確かにそうだ。…………ってちょっと待て」
信長の言葉が本当なら。
今こうして信長と会話しているこの状況。
まるで、子供のお人形遊びのように、架空の人を作りお話しているということだ。
かなりヤバい奴では?
「後輩が認めとう無くとも、事実じゃ。そのことを認め、お主自信が生み出したものに、責任を持たなければ」
「責任って……」
「うむ、お主好みに言うと
『……責任、とってよね』
じゃな! うははっ!」
「…………」
信長の存在を認めつつある俺は、一つ、大切なことを学んだ。
例え容姿が理想的であっても、中身は大切だ、と。
※※※※
「それでじゃ。儂の問いただしたいことというのはじゃな」
「問いただしたいって、手短にしてくれよ? 俺はこれでも忙しんだから」
「ふむ、そうなのか?」
「お前が邪魔してるから作業が止まっていたけど、俺は明日の夜までに脚本の構想を考えなければいけないんだよ」
明日の夜はマロンちゃんの配信がある。
配信ごとに欠かさず応援メッセージを送っている俺としては、一番に優先すべきイベントだ。
幸いにも明日は祝日。
それまでに、終わらせてやると心に誓ったのだ。
「ふむ、全く進んでおらんようにみえるのじゃが?」
「それは……っ! これからやる気が出るところだったの!」
「じゃが、ならば心配することはない」
「……どういうことだよ?」
「儂がいまここにおる。それすなわち、脚本を進めおるということじゃ。それなのにお主は、何故、それを見せなかったのじゃ?」
「……そういうことか」
それが信長の聞きたかったことってやつか。
そういえば、さっきのそんなことを聞いてたっけな。
あの脚本を誰かに見せるだって?
「そんなの、できるわけないだろう」
俺は脚本の内容を思い出す。
憧れの女の子の姿をした人物を信長と名乗らせ、風呂場で、ラッキースケベ的展開(しかも、女の子はなかなか積極的)を繰り広げる。
……いや、例え妄想だとしても相当恥ずかしいぞこれ。
というか、気色悪いな俺。すごく変態っぽい。ていうか認めたくない。
「なんじゃあ後輩、恥じておるのか?」
「恥じておるかって? 恥じてるに決まってるだろ!」
こともあろうに、俺はそれを実体験のように感じて、脚本にしているなんて、ドン引き確定だ。
「何を言う、お主のそれは、誰にも真似できない、素晴らしい才能ではないか? もっと誇るがいい。そして儂を誇るがいい」
「全く誇れる気がしねぇ……」
才能だぁ?
俺はそこまでおまえのことを美化できないし、今後もお前みたいな恥を晒すような真似はするつもりはない。
「とにかくだ、お前の力なんて借りず、明日までに絶対完成させてやる!」
※※※※
そして、あっという間に俺の一日は流れて、現在。
俺はスマホを手に、ベッドへ身を投げ出していた。
スマホの画面には、ファイトオブレジェンドというシューティングバトロワゲームが映っていた。
その画面左端には、マロンちゃんが真剣にプレイしている様子が窺える。
現在の時刻は21時過ぎ。
そう、マロンちゃんの配信がはじまる時間だ。
無論、俺にマロンちゃんの配信を見逃すという選択肢はない。
アーカイブで残るとはいえ、推しの重大発表とあれば見逃さないのがファンの務め。
脚本作業が進んでいるか、だって?
ふっふっふ。
……結論から言ってしまうと、全く進んでないです。
あれから、信長も出てくることはなかった。
だから、誰にも邪魔されず一日中机にかじりつくつもりでやっていたはずだったんだが。
おかしいな?一日ってこんなに短かったっけ?
本当はすぐにでも、作業を進めなきゃいけない。それは分かっているとも。
だから、今の行為は、現実から目をそらしている、と言えなくも――
いや、休憩だ。よい脚本を生み出すためには必要なこと。うんうん……。
それに、配信を見逃すのは、俺のモチベーションに関わる。
そんな中作業をしたって、集中できないだろう。
そんな感じで、もやっとした気持ちを気付かないふりをして、そして誤魔化すために、画面をぼーっと眺めていた。
そんな感じで、時間は残酷にも俺を置いてけぼりにして。
配信も終盤。
『じゃあ、今日はこのくらいかなー』
そんなマロンちゃんの言葉を機に、
――お?
――くるか?
といった期待するコメントが流れだす。
『ふふっ、みなさん、お待たせしましたー。じゃあ、早速こちらをご覧くださいっ! どうぞっ』
と言って、ポップなBGMと共に画面が、用意していたであろう映像へと切り替わった。
それと共に、きたあああ! というコメントを打ち込む。
というか、PVまで作っているとは凝ってるな。自然と期待も高まる。
そして、そんな期待を膨らませる演出の数々で現れた文字が。
『こちらのVtuber様とのコラボ決定!』
その後、俺も知っている有名Vtuberの名前が出てくる。
「まじか……」
俺は、思わず驚きを言葉にしてしまう。
それくらい、衝撃的なことだったからだ。
動画配信者のコラボは、頻繁に行われており、Vtuberも例外ではない。
無論、我々はマロンちゃんが他のVtuberとコラボすることを常日頃から望んでいたことだ。
でも、マロンちゃん自身がコラボの予定はないと明言し、消極的な姿勢をみせていたはずだ。
そこでいきなりの、コラボ決定だ。嬉しくないはずがない。
これは、マロンちゃんにとっての新たな一歩として、歴史に刻まれることだろう。
『さらに!』
「お?」
そういう煽り文の後、
『【歌ってみた】続々配信予定! お楽しみに!』
ずらりと並ぶ有名な曲の数々。
「おぉっ!」
そういえば、木下マロンちゃんはカバー曲も配信したこともなかった。
木下マロンはゲーム配信専門のVtuber、となれば当たり前だ。
だが、嬉しくないはずがない。
そこで、とあることに気が付く。
このPVに使われてる曲、歌声がはいっている。
その歌声は、はつらつと活気に溢れていて、それでいて、かわいい。
てか、マロンちゃんの声じゃね?
そんな考えが浮かび上がるのとほぼ同時に、どーん、という効果音と共に現れた文字によって確信に変わる。
『木下マロン、オリジナルテーマソング、MV 製作決定!』
「すげぇ……」
コメントでも俺の気持ちを表すように、『うおおおお』という文字がすごい速度で流れている。
俺は放心したまま、それを機械的に眺めるだけだ。
『はいっ。というわけで、いかがでしたかー?』
そこで、画面が切り替わり、マロンちゃんが現れる。
――すごい
――よかった
――楽しみ
『あー、よかったぁ。ぜんぶちょっと私らしくないことだから、どきどきしちゃったー』
好意的なコメントに安堵したのか、マロンちゃんがほっ、とした声で、一息つく。
そして、マロンちゃんが言ったことは俺も思ったことだった。
今までのマロンちゃんの活動は、ゲームを配信するだけ。
たまに、その配信に編集を加えたものをアップするだけで、ゲーム配信のコラボはともかく、歌配信は、ある意味、今までの木下マロンらしくない活動だ。
『じゃあ、それなのにこんなにたくさん、いきなりどうしたーって話だよね』
俺の思っていた疑問をマロンちゃんは代弁してくれる。
『あっ、別になにかトクベツな日って訳じゃなくて。でも、こういういのをやろうって思ったきっかけはあるの』
確かに、この発表したことのボリュームは、二周年記念とか、そういう記念としてやる方が普通だろう。
じゃあ、何が理由なのだろう?
その答えは本人の口から明かされる。
『ひとつはね、みんながコラボとかやらないのー? とか、歌聞きたい! っていう要望がたくさんきてて。
うーん、みんな観たいのか、そろそろやらないとなーって。
よーするに、みんなに飽きてもわらわないためですっ! えへへっ』
――草
――絶対に飽きないから心配しないで
――無理しないでいいんだよ
マロンちゃんのおどけた言い方に、コメントは草で溢れる。
『で! それが一番の理由なんだけど、他にはね、わたしも何か頑張ってみたいなーって思ったんだ』
どういうことだろう? マロンちゃんは定期的に配信をしているし、今でも充分頑張っている。
そんな疑問をよそに、マロンちゃんは言葉を選ぶように語りだす。
『ほんとはね、みんなには言ってたかもだけど、わたし誰かと交流するのにちょっと苦手意識があって、コラボはしなくていいかなって思ってたし、歌の方もやらなくていいかなって思ってたの、ほら、わたしゲーム実況者だしね! 関係ないよっ! って思ってて』
――言ってた
――知ってる
『でもね、それだけじゃダメだって最近思ってて、何か新しいことをやってみて、わたし、木下マロンの新しい世界を広げてみたいなって、それで今回のコラボとMVをやってみたいって思ったの。そして』
今度は力強く芯の通った声で。
『新しいことをやろうとしている、なにかに挑戦しようとしている、そこの君!』
その言葉に、はっとさせらる。
だって、俺が丁度その人だから。
脚本を完成させる、という、新しいことを始めようとしているのだから。
『きっと、頑張ろうとする理由はいろいろだけど、そんな頑張ろうとしている人を応援したくて、でもどうすればこの気持ちが伝わるかなって考えてて。
で、わたしも一緒にがんばろうっ! って思ったんだ。
わたしががんばってそれをみんなにお届けすることが一番の応援の形なのかなって。
だから、そんなわたしの応援が、励みになってくれたら嬉しいな?』
俺は今、どんな顔をしているだろう?
胸の奥から、熱い感情が込みあがる。
『だから、わたしも頑張るんだから、みんなも一緒に頑張って、くれるよね?』
照れ隠しだろうか、ちょっとおどけた感じな物言いだった。
だが、その言葉が、本心で言ってるって伝わってきて、俺の心に突き刺さる。
『ということで、そんなわたしの気持ちを込めたMVをちょっとだけ、公開したいと思います! 発表だけだと思ったでしょー? 実はちょっとだけ作っています』
「えっ?!」
さっきまでのマロンちゃんの言葉に、泣きそうになっているのに、思いもよらないサプライズをさらっと言うものだから、心がぐちゃぐちゃになる。
『それではさっそく、どうぞっ!【GO――GO!】』
「ちょ、まっ……」
マロンちゃんの掛け声とともに、MVがはじまる。
イントロは、マロンちゃんのイメージぴったりの明るい曲調。そこへ、元気溢れる合いの手が入る。
そして、マロンちゃんの歌声が入ってくる。
「歌、すげーうまいじゃん」
てっきり、歌ってみたを出さないのは、歌が苦手だからだと思っていた。
だが、実際はそんなことはなく、マロンちゃんの歌声は、聞き取りやすくて、それでいて、いつものマロンちゃんの声で歌いあげていた。
その歌に添えられているPVもクオリティが高く、デフォルメされたマロンちゃんがいろんな衣装、表情を魅力的に表現されている。
そして、そんなハイクオリティな数々で伝えたい言葉を歌詞にのせて、俺の心へと突き刺し、揺さぶってくる。
ヤバい、まじで泣きそう。膨れ上がっていく感情を自分の中に留めておけない。
「うっ、うっ……」
無理だ、こんなん泣くわ。
そして、歌はサビに入った。
『信じて 私は君のそばにいる
ホントだよ? 頑張ってる君をいつも応援してるから
そんな君のために
だから私も頑張れる』
ただでさえ、嬉しいことずくめだったのに、さらに、今の俺をピンポイントで突き刺してくるマロンちゃんからのエール。
思考も気持ちもごちゃごちゃで、なんも考えられず、いつの間にか配信は終了していた。
俺は天井を眺めながらさっきまでの感情の奔流の余韻に浸る。
とりあえず、さっきのMVがアップされていたので、もう一度見る。
それでも、この気持ちは抑えられない、誰かと共有したい。というか、この溢れ出る感情のはけ口がないとどうにかなってしまいそうだ。
俺すぐにこの気持ちを誰かに共有するため、陽葵先輩のチャットを開く。
※※※※
先輩、さっきのマロンちゃんの配信見ました?
うん、みたよー
やばかったっす。めっちゃ泣きました
えー、ほんとにー?
マジっすよ。声上げて泣きました。
だって、まるで俺に向けて言ってるみたいでしたから
えー、どういうこと?
いや、新しいことを始める人ってまんま俺のことじゃないですか。だから、マロンちゃんは俺に向けて言ってるんだなって
そんなことはないでしょー
そうですけど! 自分はそう思ったんですよ!
うわー、もがみんキモいなぁ
もういいんですキモくたって。勝手に思うのは自由ですから!
そんなのどうでもよくなるくらい俺、感動しちゃったんですから
へー、それはよかったねー
もう、こんなの頑張んないといけないじゃないですか、脚本詰まってたけど、やる気出ましたから!
あれー? まだ終わってなかったの?
うっ、それは……
おかしいなー
マロンちゃんがあそこまで言ってあげてるのに
もがみんはー、頑張らないんだー?
確かに、今までの俺は、マロンちゃんを応援する資格もないほど、ダメな奴でした。
でも、マロンちゃんの言葉で、目が覚めました。
推しがあそこまで言ってるのに、俺が頑張らないわけにもいかないですから
明日、必ず書いて持ってきます!
ふーん。
じゃあちょっとだけ、期待してあげる
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