第二章
第5話 幼馴染み
授業中、俺は全く集中できず、先生の話も頭に入ってこなかった。
それは、脚本の構想を考えていたから、という訳ではなくて。
頭の中は今朝の出来事でいっぱいだった。
勝手に出来上がっていた謎の脚本、そのことについて考えていたからだ。
夢のことは覚えている。だが、俺はそれから脚本を書いた覚えなんてない。
というか、風呂場からどうやって自分の部屋に戻ったかは、そこら辺の記憶ははっきりとしてない。
謎の脚本がなかったら、まあ夢だしって納得できたんだけど……。
謎の脚本の正体はいつの間に書かれたか?
1.誰かが書いた。
一番最初に思いついたことだけど、なんで俺のPCで書いたの? とか、そもそも夢の内容と同じとかいろいろ説明がつかない。
2.俺が寝ぼけたまま書いた。覚えてないだけで。
どちらかと言えばこっちの方が納得はいく。
いろいろ考えたが、まあ、だいたいそんなところじゃないのか?
記憶がないって経験が初めてだから戸惑ってはいるけど、だいぶ疲れていたし、そんなことも、ある、のかな。
ほら、お酒で酔っ払って記憶が吹き飛んだ、と同じ感じだろう。
人間ウイスキーボンボンで酔っ払ったりするんだ、よくあるよくある。
まあ、俺は酔っ払ってなかったし、そもそも酔ったことなんてない。
……なんて、納得しようにもやっぱり引っかかるところはある。
ならば、第3の説として、俺の真の能力、
そんな感じで、あっという間に、部活の時間。
脚本はいつの間にかできてたけど、構想がいつの間にかできてた、なんて都合のいい話はなく。
かといって、その謎の脚本を謎のままみんなに見せるのも抵抗がある。
というか、隅田さんの所を伏せたとしても、女体信長との混浴なんて恥ずかしくて人に見せられない。
要するに、Bチームに報告できる成果はなし。
「――という訳でして」
「つまり、なーんもやってないんだねー」
「いえ、まあ……」
「なにも、できてないよね?」
「そういうわけではー……」
「うーん茂上君、これは何もやってないって言うのよ」
「全然進みませんでした! ごめんなさい!!」
何も書けませんでしたとBチームの人に土下座する勢いで謝る。
そんな俺に向かってここぞとばかりに陽葵先輩は、
「昨日あんなにアドバイスしてあげたのにー?」
とか
「あーあ、もがみんがなーんにも書いてこなかったから、今日の部活どうしよっかなー」
みたいに嫌味を散々言ってきた。
むしろ俺が書いてきてないのはお見通しって感じだったけど。
それでも、俺に非があるので言い返すこともできず、散々陽葵先輩のオモチャとして遊ばれたのだった。
陽葵先輩には絶対に弱みを見せてはいけない、俺は何度目かの誓いを心に刻んだ。
今日のBチームの活動は、昨日と引き続き、脚本のネタだしで終わった。
※※※※
部活動終了時間が近づき、Aチームも活動を切り上げたようで、帰る準備をしながら駄弁っていた。
俺は一人、今日話し合ったことをノートにまとめていると、河織と隅田さんのいるAチームの話声が聞こえてくる。
「あ! 瑞希ちゃん、スマホ買ったんすか?!」
「うん。必要だと思ったから」
「じゃあじゃあ、連絡先交換しましょう! Aチームでグループ作りましょう!」
「わかった」
どうやら、隅田さんがスマホを買ったらしい。
隅田さん、高校生には珍しく、スマホ持ってなかったんだよなー。今まで必要性を感じなかったからとか、陽葵先輩から聞いた。
隅田さんは河織に連絡先をせがまれ慣れない手つきでスマホを操作している。
かわいい。俺が教えてあげたい。隅田さんの連絡先知りたい。
そんな河織と隅田さんのやりとりをぼーっと眺めていると、スマホから顔を挙げた隅田さんとばっちりと目が合ってしまった。
「あっ……」
「…………?」
隅田さんはこてんと首を曲げる。そして俺の方へと向かってきた。
……俺の方に向かってきた?!
「私に、何か?」
「えっ?! いや、別になんもない、けど?」
「私の事見てた」
「見てないです」
「…………」
「……見てました」
何を言っているんだ俺は。思わず肯定してまった。このままだと何の用もないのにじっと見ていた嘘つきでキモい男だぞ。……大体事実だな。
しかし、ここは逆にチャンスなのではなかろうか?
隅田さんの連絡先を聞くなんてしなかっただろうけど、せっかく隅田さんと話しているんだ。勇気を振り絞れ、茂上晴斗。
台詞は、俺とも連絡先を交換しない? だ。
よしそうと決まれば、自分のスマホを取り出す。
「お、俺とも連絡先を……?」
スマホの画面が一向に反応しない。
「あっ」
「……?」
スマホの電池切れてた!!
そうだよ、昨日充電し忘れてたんだよ。なんで、ここぞという時スマホ充電してないかなぁ?!
昨日の俺と、ついでに信長を恨んでいる間に、ビミョーな空気が流れていく。
そこへ、思わぬ助け船が入る。
「あれ? すみすみスマホ買ったの?」
「はい、買いました」
「いいねー。じゃあ連絡先交換しよー」
すると、話を聞いた他の部員たちが、隅田さんのまわりに集まってくる。
「わたしにも教えてー」
「わたしも!」
「瑞希ちゃんも部活のグループに追加しとくねー」
わらわらと人だかりがあっという間に出来て、隅田さんは引っ張りだこの状態になっていた。
そして、スマホが使えない俺はそんな輪に入れるわけもなく。
昨日の俺とついでに信長を恨んでいる間に、連絡先交換会はいつのまにか終了していた。
※※※※
「もーがみん」
「ぐえっ!」
またとないチャンスを逃して、意気消沈している時、背中に柔らかな感触と重みを感じる。
後ろから寄り掛かってきてた陽葵先輩が、俺の顔の前に自分のスマホの画面を向けて見せびらかしてきた。
「みてみてー。すみすみの、もらっちゃったー」
画面に映っているのは、隅田瑞希という名前のアカウントだった。猫のアイコンにしている。隅田さん、猫好きなのかな? かわいいなぁ……。
なんて思ってるのも束の間、陽葵先輩がからかうような口調で、俺の事を煽る。
「いーでしょー?」
「…………へぇ。そうなんですね。まあ、俺は脚本の事考えてて? 全然、気付きませんでしたけどぉ? へー、そうなんだー。隅田さんスマホにしたんだー」
「なにいってんの。さっきずっーと羨ましそーにこっちみてたじゃーん」
「うぐっ……」
なんで、ちょっと見栄を張ったかって? 男にゃあ意地を張らねばいかん時があるんきん。
……悔しかったからですね。それでより大恥をかいているのでバカみたいだけど。
「もがみんは、すみすみのもらわないの?」
「……スマホの充電なかったんで」
「ID聞いてくれば?」
「…………」
それも一瞬考えた。でも、それ思いつたときはもうなんか解散ムードだったし、それになんか、一人だけID聞くってハードル高いんすよ。
ただでさえ、チャンスを逃したショックがあるというのに。
陽葵先輩はにやりと俺をからかうように笑う。
「ちきんだねー、もがみん」
「うるさい! ……ですっ」
「ふっふっふー、やーい、ちきんやろー」
「…………くっ、そんなの、自分が一番わかってますよ」
「あっはっは、しょーがないなー」
けらけら笑うと、陽葵先輩は背中越しに俺の耳元に顔を近づけるように密着してきて――
「じゃーあ。ひまりちゃんがぁ、すみすみの連絡先、おしえてあげよっか?」
その声はとても甘ったるくて、彼女の息遣いまでもが脳に伝わり、全身をくすぐる。
「――っ?! あっ、ほあっ!?」
「やーい、ほっぺ赤くなってやーんの」
その快感に耐えきれず、背中の温かさから逃げるように飛び上がると、いつものだるーっとした声で、俺をからかう陽葵先輩。
心臓に手をやり、呼吸を整える。
「はぁ、はぁー。まぁじで! 止めてください!!」
「あっはっはっはー。むりー」
「ほっんと、この先輩は……」
本当は、背中に寄り掛かってきたところから恥ずかしさをこらえていたのに、耳元で囁くのはだめですってば。
それに、すっげーいい声してるんだよなー、陽葵先輩。正直ドキッとすることはある、悔しいけど。
陽葵先輩の声って、なんか安心するっていうか、いつも聞きなれている気がするっていうか……。なんでだろう?
「あ、そうだもがみん」
「……今度は何ですか?」
変なことをしでかされた後だから変に警戒してしまう。
だが、陽葵先輩が言葉に出したのは予想外の人物の名前だった。
「今日のマロンちゃんの配信見た方がいいよ」
「え? 何かあるんですか?」
「ツイッターみてみ」
「スマホ電池切れてます」
「あー、そうだったねー」
と言いながら、慣れた手つきで自分のスマホを操作する。こういうのは陽葵先輩機敏なんだよな。
陽葵先輩が言ったマロンちゃんとは、主にYoutubeでゲーム実況を配信しているVtuber、木下マロンである。
黄色いショートヘアーに、栗の髪飾りが特徴の彼女は、一年前にゲーム実況を中心に活動を始め、だんだんと知名度を高め、現在チャンネル登録者数は十五万人と、今勢いのある新進気鋭のVtuberである。
俺は彼女をとあるゲームで知り、そこからファンになったのだ。
そして、陽葵先輩もマロンちゃんのことを知っているらしく、それでたまにこうやって話題に上がるのである。
「ほい、これ」
と、スマホの画面に映し出されたのは、
『次回の配信は明日の21時!!
☆ファイトオブレジェンド☆
前回に引き続きチャンピオン目指すぞ!
それと、最後に重大発表があります! 絶対見てね!!』
というツイートと、重大発表とでかでかと書いてあるサムネイル。
「重大発表?!」
「みたいだねぇ」
「うわー、まじかぁ」
マロンちゃんが事前に重大発表と銘打って告知することなんて今までなかったから、なおさら期待が膨らむ。
「……何だと思う?」
「えーなんだろう」
全く想像がつかない。
オフィシャルグッズを販売するとかかな? それとも、メンバーシップ限定の配信とかだろうか? マロンちゃんのメンバーシップに加入している身としては、メン限の特典が増えることは素直に嬉しい。
「こんなの絶対見るに決まってるじゃないですか!!」
「……ふぅーん」
「……? どうしたんですか」
陽葵先輩の相槌になんか含みがあった。
「でももがみん、脚本の構想は大丈夫なの?」
「――っ!」
確かに。
今日あんなに謝って、明日は出しますという固い約束をしたんだ、また同じ失態は許されない。
「それまでには終わらせますから問題ないです! リアタイでみないって選択はありえません!」
「でも、これ見て構想できないってなったらー、みんなに迷惑かけるさいてーくずやろうだねー」
「それまでには、終わらってますから……きっと」
自信のなさからだんだんと声が小さくなってしまった。
「ほんとにー?」
「…………」
陽葵先輩の満面の笑みをみて、理解した。
これあれだ、俺からかわれてる。
「なんでっ、今教えたんですか……っ!」
「えー、もがみんが喜ぶと思ってー」
「そりゃ喜びますけどもっ!」
釈然としねぇ!
また、してやられた感が残る。
そんな陽葵先輩とのやり取りは、別の人の声によって中断される。
「陽葵、帰るよ」
「あー、ちょっとまってて、あんちゃん」
あんちゃんと呼ばれたのは、二年生の
きりりとした顔つきに冷淡な態度、隅田さんとはまた違ったクールな美人さんである。
それと、陽葵先輩が唯一変なあだ名で呼ばない人である。どうやら二人は昔馴染みらしい。
「残念だったなもがみん、今日はこのくらいにしてやる」
「ごめんね茂上くん。いつも陽葵が絡んできて迷惑だよね。わたしからも言っておくから」
「あ、いえ、まあ……」
社交辞令でも否定はできないな。
明瀬先輩は、陽葵先輩へと、
「もう、後輩をあんまりいじめちゃダメでしょ?」
「えー、だってもがみんおもしろいし」
明瀬先輩の声はいつも冷ややかで、どこか人を突き放したような印象を受けるけど、陽葵先輩を言い聞かせる声にはどこか親愛の情を感じる。
それと、気のせいかもしれないけど、俺に対する言葉にはどこか険のあるような感じなんだよな。なにか怒らせることをしたつもりもないから、クールな雰囲気でそう思ってしまうだけだろうけど。
「じゃあ、いこっかー」
よいしょっ、という声と共にバッグを背負う陽葵先輩。
「茂上くん、また明日」
「あ、はい、お疲れ様です」
「じゃーね、もがみん」
二人の背中を見送った後、俺も荷物をまとめる。
さて、俺もそろそろ帰るか。
外へ出ようと出口へ行くと、そこに待ちぼうけている人が一人。
綾芽だ。
「あ、晴斗。一緒に帰らない?」
「どうした急に?」
どうやら、俺の事を待っててくれたらしい。
「う、うん? 特に理由はないけど、家隣なのに、一人で帰るのもなんか変だし……」
綾芽の声はだんだん尻すぼみになっていき、不安そうな顔で俺の事を見つめる。
確かに、家が隣だというのに、今まで一緒に帰ることなんてなかったな。
別にお互い意図して避けてたという訳ではなく、俺は自転車で綾芽は徒歩ということもあり、なんとなくそうしなかっただけ。
強いて挙げるなら、中学校は部活とかでお互い忙しくなってからつるむことも少なくなってたから、ちょっと前まで距離感を測りかねていた、というところだ。というか、それが原因だな、うん。
「じゃあ、チャリ取ってくるから校門で待ってて」
「あ……、うんっ! 待ってるね」
綾芽はほっとしたように笑みを浮かべた。
※※※※
日はだいぶ延びてきて、部活終わりでもまだ辺りは明るい。
そんな中俺は自転車を押して、綾芽と並んで歩く。
まあ、俺だけ自転車に乗るなんて鬼畜なことはできないし、二人乗りってのも……、道路交通法違反だから仕方ないね、青春っぽいからって憧れてなんて全然ないし。
「そういえば綾芽って、自転車通学にしないの?」
「うーん、家から歩けない距離じゃないから、別にいっかなって」
「なんでよ、自転車最高だよ。エコだし、楽だし、この便利さの虜になると徒歩なんてできない体になっちゃうから」
「あははっ、なにそれ。なんか危ない薬みたい」
いや、ほんとにどんなに近くても自転車で行くようになるから。一度自転車盗まれたことがあって仕方なく徒歩通学にしたけど、今まで歩かなすぎて三日も経たずに筋肉痛になったから。ビビったよね。
「それで……、脚本の方はどう?」
「どうって……、なんも書けてませんけど」
「それは知ってるよ、大変そうだねー」
「…………」
綾芽はいつもと変わらぬ調子で、呑気そうに答える。
……もしかしてこいつ、煽ってるのかな?
そんな俺の心のうちが表情に出ていたのか、綾芽はあわてた様子で取り繕う。
「あっ、そうじゃなくてね? なんか晴君悩んでるみたいだから、何か力になれることないかなーって……。ほら、陽葵先輩が決めたとはいえ、わたしも押し付けちゃったようなものだし、それで、ちょっと罪悪感もあるし……」
「……もしかしてお前、ふつーに心配してくれてる?」
「うんうん。ふつうに心配してる」
「なんだよ、それを早く言えっての」
「えー? わたし、最初からそのつもりだったんだけどなぁ……」
「なんか綾芽って昔っからいっつも、ぼけーってしてるから、わかりずらいんだよな」
「ちょっと晴君失礼、仮にもわたし女の子なのにー」
「女の子って……はっ」
「あーわらったぁ!!」
綾芽は眉を寄せて、むっとした表情を作っているつもりなんだろうが、困り眉みたいになってて気迫が全く感じられないし。
「……なんか晴君、わたしと他の女の子で態度違くない?」
「はぁ? そんなの当たり前だろ」
「なんで?」
「いや、なんでって……」
うーん、色々理由はあるが、まあ一言でまとめると
「だって、綾芽に気を遣う必要ないし」
「なにそれ、ひどいっ!」
「えぇ……」
別に悪い意味で言ったわけじゃないんだけどなぁ。
綾芽には俺の意図が伝わらなかったらしく、むくれたままだ。
「なーんか、あからさまに違うよね、特に瑞希ちゃん」
「うっ……。そんなに、違う?」
「うん、全然違う」
「……そっかー」
自覚はあったが、そんなにか。すっげぇ恥ずかしい。
「なんで、瑞希ちゃんだけ違う態度なの?」
「それは……、俺も知りたい」
「えーなにそれ」
綾芽とは逆に、隅田さんを前にすると変に緊張して、余計な力が入って、それでいつも空回りして。
「なんだよ、なんか不満でもあるの?」
「不満っていうか……」
綾芽の言葉は尻すぼみになって、そのまま目を伏せて口を噤んでしまう。
「なんだよ、煮え切らない態度だなぁ。俺、なんか綾芽に悪いことでもした?」
「そういうことじゃなくて……」
と言って、うぅー、と唸りだす綾芽。そして、ぽつりと一言。
「……ヒミツ」
「……はぁ? どういうこと?」
「ヒミツだから、そんなの言えないし」
どうやら、俺の問いかけに答えるつもりはないらしく、そのままだんまりを決め込むらしい。
「……あやしい」
「えっ?」
「なんか俺にやましいことでもあるんだろう」
「いや、そういうことではなくてね?」
「じゃあ、言ってもいいじゃん」
「えっと、その、だからあのちがくて……!」
「さあ! さあ! さあ!!」
「ヒミツっ! ヒミツったらヒミツっ! 女の子のヒ、ミ、ツ!!」
「……女の子のヒミツ、だとぉ?」
はんっ、何を今更……。何かを隠してるって、自分から告白してるようなものじゃないか。そんな言葉で、これ以上俺が追及できないと…………。できないな。
――女の子のヒミツって、なに?!
なんだこれは。なんなんだこの言葉の魔力は。
とても気になる、男としてとても気になる、でも、それは絶対に立ち入ってはいけない。それはなんとなくわかる。でも、だからこそ惹かれちゃって……。
うわああ! 気になるうぅぅ! なんて魅惑的な言葉なんだ!!
そんな、心の中で渦巻く感情を抑え、言葉をひねり出す。
「今日は、このくらいにしといてやる……」
「……? ありがと?」
急に大人しくなって、きょとん、とする綾芽。
「だったらなんだよ、俺がお前に、隅田さんと同じような態度をすればいいんか?」
「えー?」
すると、ぽかーんと口を半開きのまま、何の反応もなくなる。
しばらくして、綾芽は顔をしかめると
「うわぁ、なんかやだ。それにキモい」
「きっ、きもっ?!」
キモいって、こいつ、キモいって……。
「あ、キモいってのはそういう意味じゃなくて……まあ……うん」
「なんか擁護してよ……」
「だって、晴君が急にそんな態度わたしにしたら、変だし」
「……じゃあ、今まで通りでいいじゃん」
「うーん、そうなのかなぁ?」
いまいち納得いってないような感じの綾芽だった。
※※※※
「それでさ、晴斗。脚本でなにか困ってるの?」
「うーん、困ってるねぇ……」
言っちゃえば、最初から困ってるんだけど。挙げたらキリがないんだけど。
それでも一番困ってるのと言えば――――。
「やっぱ、織田信長だよなぁ」
「織田信長を題材が書きずらいってこと?」
「えっと、織田信長で書くのはいいんだけど……」
言葉に詰まる。綾芽は俺の言葉を勘違いしているようだ。
俺が言いたかったのは、昨日突如として俺の目の前に現れた織田信長、そしていつの間にか出来上がっていた脚本の事である。目下、一番の悩みの種であることは間違いない。
でも、何て説明すればいい?
いやー、昨日、脚本考えてたら信長が現れるって夢を見てさー、それも隅田さんそっくりで、びっくりしちゃったー。一緒に風呂入ってさー、お話ししたんだー。しかもしかも、それがいつの間にか脚本になってて、もう驚きだよねー。
………………。
ダメだ。
こんな事言ったら、今度こそ本気で心配されるわ。憐みの目もセットで。
だけど、実際その通りな訳だし。
そのことを言いあぐねているといつの間にか、いつの間にか自宅付近にたどり着いてしまった。
綾芽の家は俺の家の左隣、お隣さんだ。
「脚本のことで悩んでたらわたしに言ってね、できるだけ力になるから」
「ああ、わかったよ」
「ほんとうだからね? 頼りないかもしれないけど」
綾芽にしては少ししつこいくらいに念押しをする。俺の思った以上に心配をかけてしまったか。
「まあ、とりあえず自分でやってみるよ。ダメそうになったら、遠慮なく頼らせてもらう」
「……うんっ!」
「んじゃあ、また明日」
と言って、綾芽に背を向けようとしたところで、
「あ、ちょっと待って!」
「ん?」
「また、明日も一緒に帰らない?」
綾芽の瞳は、不安げに俺の事を見上げている。
そんな綾芽に俺は――
「いや、明日休みじゃん」
明日は祝日。
学校がないし、脚本作業にとりかかれると思ってたし。
「それは言葉の綾でっ! 今度も一緒に帰ろって意味っ!」
「わかってるよ、そんなにむきならなくても」
「もー! 晴君いじわるだよっ!」
綾芽はこんな感じで言い反応するから、いじりがいがあるんだよなぁ。
「まあ、特に用事ないし、別に構わないけど」
「…………やった」
そう小さく呟くと、とてとてと小走り気味に自分の家のドアまで行って、俺の方に振り返る。
「絶対だよ! 絶対だからねー!」
「わかったわかった、また明日」
「うんっ! また明日!」
ドアが閉まる前に、綾芽の口元が嬉しそうに緩ませたのを俺は見逃さなかった。
全く、わかりやすく喜んでやんの。
こうして、昔みたいに気安い関係のままでの綾芽との帰り道は、俺も悪い気はしない。
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