第4話 信長登場
「…………おい」
「…………」
「……んか、後輩」
「…………?」
意識がぼんやりとした中、誰かの声が聞こえる。
「……目を覚まさんか、後輩。湯船で居眠りなど、危ないではないか」
「……んあ?」
「ふん、やっと目を覚ましたか。儂がいて命拾いしたな、後輩」
「…………」
目の前に美少女がいた。
なんか親しげに話しかけてくる。それに、目の前にいるってことは、一緒に風呂に入ってるってことで。風呂に入ってるってことは、お互い何も着ていないわけで。それに俺の家の浴槽はそんなに広くないわけで――。
一瞬で寝起きの頭が覚醒する。
代わりに、思考はごちゃごちゃ大パニック!
脚本作業をめちゃくちゃ頑張って、達成感と満足感を感じつつ、のんびり悠々と湯船に浸かったのは覚えてる。うん、覚えてる、間違いない。
そこから、だんだんと記憶が薄れていって……。
あれー? あれー??
どうしたら、そこから、こんなはドタバタ痛快ラブコメディ展開になるんだ……?
いや、怖い怖い怖い。余裕で怖い。
ラッキースケベってレベルじゃねーぞ。
「なんじゃ、そんな化け物でも見た顔ような顔は。長湯だというのに、真っ青になっておるではないか」
「…………」
なにこの人気さくに話してるんですけどぉ?!
なにか声を上げようとしても、空気が音となってくれない。ほんとにとっさの時って、全然声が出ないものなんだね。
……ちょっと待て。というか、俺はこの人を知ってる。
さっきまでは、この超展開に理解が追い付くので精いっぱいだったけど、改めて目の前の美少女を観察してみる。
水を滴らせた長い黒髪は、まさにカラスの濡れた羽のように艶やかな濡羽色で、見つめていると吸い込まれそうな底の見えない黒目、きめの細かい肌、すーっと通った鼻、やわらかそうな唇、そのどれもが整っていて、そして体の方は……、それは、まあ、とりあえずおいといて。あえて一言でいうとしたら、えっちである。
そんな特徴的な美少女の名前が、言葉になって出てくる。
「……隅田さん?」
どれもが、隅田さんの特徴と一致している。のだけれど、少しひっかかる。
「何を言っているんじゃ後輩は。儂は隅田という名ではない」
だが、そんな些細な違和感を吹き飛ばすくらいの謎が、その特徴的は話し方。まるで、時代劇に出てくる武将のような口調だ。
「儂は、織田信長である」
「……はぁ?」
まーたよく分からん属性を増やしやがったよ。もう、怒りの感情すら湧いてきた。
だがしかし、こんなによくわからないことだらけだと、もはや逆によくわかってくる。
これら全てを紐づけることができる結論は一つ。これは夢だ。
俺はその結論へとたどり着くと、落ち着きを取り戻すことができた。この状況を楽しんでやろうという余裕すらある。
さーて夢とわかったら俺は無敵だぞぉ。どうしてやろうか。
「それより後輩よ、なんじゃこの姿は。織田信長といったら、普通いけおじじゃろうに。これじゃあ、威厳もなんもないのじゃがのぅ」
と言いながら自分の体をあちこちとまさぐりだす。
「ついておらん。ふむ、こっちのほうは、もみもみ……。まあまあじゃのう」
「おっ、おいこらぁ! 隅田さんの体に勝手に触れるなよ!」
「何を言うか、儂の体じゃというのに誰かの許可がいるものか。なんならお主、触ってみるか? ほれ」
「え、まじすか? ………………………………って、ダメに決まってるだろっ! ばかやろ!」
夢だし合法では? という考えを押し込め、理性とプライドでなんとか我慢する。
「後輩はあれじゃな、変態じゃな」
「健全だわ!」
いや、憧れの人と一緒に入る夢なんて見ている時点で、だいぶ不健全かもしれない……。
それも、織田信長プレイ付き。織田信長プレイってなんだよ。
なんだが考えれば考えるほど、悲しくなってくる。
「……というか、なんでさっきから俺の事を後輩って呼んでるんだよ」
隅田さんとは同級生だし、勿論織田信長の後輩になった覚えはない。
疑問には思ってたけど聞きそびれていたことだ。
「ん? そりゃあお主はこの日ノ本に生まれたれっきとした日本人であろう?」
「いや、そりゃそうだけど」
「では、儂はお主にとって後輩じゃろう」
さも当然とばかりに答える信長。
えと、足りない言葉を補うとつまり、同じ日本人として織田信長と茂上晴斗は先輩後輩であるってことか?
スケールでかすぎだろ。
そんな信長は、まだ珍しそうに自分の体をあちこちと触っていた。
「ふむ、確か、この体のモデルは、隅田、と言ったか?」
「そうだけど」
「後輩は、そやつのことを好いておるのか?」
「――っ!は、はぁ? ばっ! バッカちげーし! 誰があんなブス……とは程遠いし、というかかわいいし、美人だし……」
「なにを照れておるのじゃ、気色悪い。隠すことでもないじゃろうに」
「う、うるさい! そもそも、隅田さんは憧れの人であって、これは恋愛感情とかそういうのではなくてだな……」
隅田さんに好意を抱いているのは確かだ。
しかし、これが単に恋と断定できはしない。
だって、俺と隅田さんが、つつつっ、付き合う、とかそういうのは全然想像つかないし、ほら釣り合いがというか、別に付き合いたいとかそんな高望みをしているわけじゃないし、そもそもしたいと思うものちょっと違う、気がする。
だから、これは憧れっていう言葉が一番近い。
「全く面倒くさい奴じゃのう。ならば、これならどうじゃ」
にやにやと笑みを浮かべた信長は、自分の生足を湯船から出したかと思うと、俺の胸のあたりをつーっとなぞってくる。
「なっ! なにすんだよ……」
「うりうり、つんつん」
「お、おい、ちょっ……やめっ! らめぇぇぇ!!」
信長の足技を肩を抱くように必死で避ける俺。だが、それが逆効果だったようで、狭い湯舟の中、俺と信長はもみくちゃになる。
「キャアアアア! バカ! エッチ! 俺から離れろこの変態!」
「うはははっ! 騒がしい奴じゃのう」
俺の取り乱しっぷりに信長は満足そうに笑っていた。
「うぅ、汚された。この痴女め……」
湯船の温かさとはまた違った、人肌のぬくもり。それをダイレクトに感じてしまったのだ。そう、それはもう、ダイレクトに……。
「全くこの後輩め、今えっちな妄想してたじゃろ」
「してないわい!」
「はんっ、素直じゃない奴め」
信長は呆れた顔をつくるが、見た目は隅田さんだからかわいく思ってしまう。
というか、実際の隅田さんより表情豊かで、それがより魅力的に見えてしまう。
いやっ、別に隅田さんのほとんど変わることがない表情が悪いっていいたいんじゃなくてそれも隅田さんのいいところであってね?
でも、そんないっつも無表情な隅田さんがいろんな表情を見せてくれるとそのギャップがよりいいと言いますか。
だから、舞台の上にいる隅田さんはより輝いて見えてて。
それこそ織田信長を演じていた中学生の隅田さんみたいに――
「あっ!」
そこで、俺の中で腑に落ちるものがあった。
この信長を名乗る隅田さんそっくりの容姿を見た時の謎の違和感。
それは、今の隅田さんと若干の違いがあったからだ。
具体的には、少し顔立ちが幼い。
目の前にいる織田信長は、隅田さんが演じていた織田信長なのだ。
でも、だったら……。
「どうしてお前はそんなんなんだよ。もっと隅田さんはカッコイイ感じで織田信長を演じていたぞ」
「それを儂に言うか。儂はお主が生み出したというのに」
「まあ、夢なんだし、そうなる訳か……」
あの舞台の上の、カッコ良さとか、威厳とか全然ないじゃん。
俺のせいか? 俺のイメージが貧困すぎるってことなのか?
それにしても。
せっかく隅田さんが夢に出てくるなら、こんな夢じゃなくて、もっとあったんじゃないの?
せめてもうちょっと素直な隅田さんがよかった。
こんな、織田信長を演じている隅田さんとか、ややこしい感じじゃなくてさ。
いや。考え方によってはこの状況、俺にとって実は好都合なのではないのか?
俺は織田信長をモデルにして脚本を書く気でいたんだ。
夢に縋るなんて、情けない話だけど、少しくらいは参考になるかもしれない。
いや、だけど……。
「ふいー、二人で入るのにはちと手狭じゃが、なかなかよいではないか。うははっ! 儂、気に入った」
うん、そんなことはないかもしれない。
「なんじゃあ、そんな辛気臭い顔しおって」
「いったい誰のせいだと……」
「儂は気分がいい。お主の悩みを話すことを許す、儂が聞いてやってもよい」
「うぜぇ……」
かなりイラッときた。
が、逆にそれで踏ん切りがつく。
――何でもいい。コイツから、脚本のきっかけを見つけてやる!
「なら聞くけどさ、今織田信長を題材に脚本を書いているんだけど」
「ふむ、良い心がけではないか」
「だけど、どんな展開にするかわからないんだよ」
何を書けばいいか、わからない。
とても根本的で、単純な理由。
当たり前のことだった。
何をやりたい、とか、そんなの俺にはなくて。
「だから織田信長っていう、とっかかりをもらったわけなんだけど」
むしろ、それを見つけるために演劇部に入ったんだから。
こうして口に出すと、より実感を持って俺の問題について、わかってきた。
「やりたいことが見つかってないから、進められないんだよ」
だって、俺には何もないのだから。
今の俺はゴールどころか、スタートラインすら見失っているのだ。
「ふむ、つまり後輩は、儂を使って何を表現し、伝えるべきか迷っている、というわけじゃな」
「まあ、そんな感じ」
ちょっとだけ期待しながら、信長の返答を待つ、が
「いや、儂に聞かれても、しらんわ」
「えぇ……」
ほらーやっぱり。
まあ、なんとなくわかっていたよ、俺は。
「そんなもの、時が来たら自然と思いつくものじゃー」
「俺は今すぐにでも欲しいの!」
こちとら、締め切りが差し迫って、悪夢にまで見るくらいなんだから。
「後輩は、儂に答えを求めているのか?」
「いやだって、自分それがわかってたら、さっさと脚本でもなんでも書いてるし。それが一番大事なとこだから、全く進まなかった訳で」
「それが分かっておるのならば、儂に出来ることはない。それは、儂の役割ではない」
「なんだよ、それ……」
「お主はちと難しく考えすぎておるのではないか?」
俺を小バカにするかのように鼻を鳴らす信長。
「そもそもお主は、何故脚本を書くことになった?」
「それは、成り行きって言うか押し付けられたって言うか」
「本当か? 嫌々やっておるのに、こんなにも悩んでおるのか? であるならばさっさと適当なのを書いてしまえばよいではないか」
「嫌々って言うのは言い過ぎだよ」
「ならば、なんじゃ?」
「それは……」
どうして、俺は脚本を書くことになったか? 最初は陽葵先輩が推薦して、周りも立候補しなくて、そして、決め手になったのは――
「いや、だって、隅田さんにカッコつけたいって、そんなの……あ」
やばい、うっかり口を滑らせてしまった。そんなことを思ったが時すでに遅し。
「ほーう」
自分の事を指さしたかと思うと、こらえきれずといった様子で顔をにやつかせる。
「うはっ、うははははっ! なんじゃそれ、しょーもな! くそしょぼ! これには儂も失笑禁じ得えず! うはははっ!」
「めちゃめちゃ笑ってんじゃねーか! くそっ! そんなの自分でもわかってるよ!」
気になる女の子にいいとこみせたかったって。ばかじゃないのか、くそ恥ずかしい。
「何を言う、最高にしょーもなくてさいっこーな理由ではないか、うははっ」
「もう笑うのやめろ!」
くそっ、からかわれるのは勿論嫌だが、それが見た目だけ隅田さんってのが余計にたちが悪い。
本人に笑われている様で、より心的ダメージが大きい。
「うむ、儂はよいと思うぞ。好きな女の子にカッコつけるの」
「すまん、やっぱ笑い飛ばしてくれ、冷静に言われると恥ずか死ぬ」
だが、これではっきりわかった。
こんな奴に助けを求めるのは間違っていた。
もう、二度とこんな夢を見るものか。
「儂はあれがやりたい、このしゃんぷぅ、じゃ。これほど髪が長ければ、めちゃくちゃあわあわじゃろう」
「……勝手にどーぞ」
「よしきた!」
「うわっ! ったく静かに上がれよ」
信長は、水しぶきを上げながら風呂から出ると、シャワーからお湯を出して「うひょー!」とかいいながらはしゃいでいた。
「おい後輩。お主の髪も洗ってやる、こっちにこい」
「はぁ? いいよ、自分で洗えるし」
そもそも、夢なんだから洗わなくてもいいし。
「遠慮するでない。なんなら、儂がお主の全身をくまなく洗ってやってもよいぞ?」
と言いながら、自分の胸のラインをなぞって、蠱惑的な笑みを浮かべる信長。
「ばっ! 何言いだすんだよ」
「うははっ! これでもくらえすけべえめ!」
「ぶはっ! 子供かお前は!」
シャワーのお湯を俺の顔面目掛けてくらわしてきたかと思うと、いつの間にか正面に立っていた信長は俺の頭をがっちりと捕まえていて、
「わしゃわしゃー」
「おいっ! やめろ! 近いって! くっつくな! わかった、洗わせるから! 裸で目の前に立つのはやめてええええ!!」
※※※※
「……んぁ?」
目が覚めると見慣れた自室。ベットに寝転がっていた。
うん、やっぱり夢落ちでしたな。
それにしても、とんでもない夢を見た。風呂からの記憶が全くない。どうやって俺、部屋に戻ってこれたんだろう。酔いつぶれて記憶飛ぶってのは、こんな感じなのだろうか。
「お兄ちゃーん? まだ寝てるのー?」
部屋の外から
……今、何時だ?
カーテンから差し込む日差しの感じからすると、大幅に寝過ごしたわけではなさそうだけど。
近くにあったスマホの電源をつける……、が全く反応しない。画面が真っ暗なままだ。
もしやと思ってみてみると、充電器がスマホにささっていない。寝ぼけてた昨日の俺は、そこまで気が回らなかったらしい。
時間を確認しようと、目覚まし時計を手に取ろうとしたとき、とあることに気が付き、動きが止まる。
あれ? じゃあ俺脚本の構想なんにも書いてなくね?
…………やばくね?
「やべぇじゃん!!」
目覚まし時計を手に取り時間を確認する。
この時間なら、朝飯を抜けば少しは時間を確保できる。もしくは、授業中に考えて、ノートにまとめるか?
だが、昨日あんなに考えてできなかったものがいきなり書けるようになるのだろうか。
そんな不安を抱いている暇なんてない!
とりあえず、PCを立ち上げて――
「…………え?」
そこで、俺は予想外のものを目にする。
どうせほとんど書いていない、と思いつつも少しの期待を抱いてすがるように開いたPCの画面には。
書いた覚えがないのに、身に覚えのある脚本のテキストが映されていた。
だって、脚本の台詞は、俺が昨日見た悪夢、俺と信長の会話なのだから。
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